その夜、王都の中央神殿の一室では三人の男たちが話していた。
 一人は年配の白髭侯爵。その傍には侯爵令息がいて、顔立ちはよく似ている。
 あとの一人は、水晶の杯を手に持った、まだ年若い神官だった。

「では我が息子トレミーの獣痣は、蛇ではないということだな?」

 そう聞かれ、神官は足を震わせながら、自身の声を絞り出した。
「は、おそれながら、ご令息は爬虫類科のカメレオン獣と思われま……」
 そこまで言ったとき、神官は腕に違和感を覚えた。
 チクリと針のようなもので刺された感覚があったから、虫でもいたのだろうかと背後をふりかえる。
 しかし、背にいたのは虫ではなく令息のトレミーだった。手には小さな籠を持ち、無表情で虚空を見つめている。
 瞬間、神官は床に崩れ落ちた。
 口からは泡が溢れ、瞳は白濁としている。以降、神官が動くことはなかった。

「トレミー」
 アレパ侯爵は難色を示した。過去、息子のトレミーは幼少期に一度だけ神殿にて獣痣の検査をしたことがある。そのときにも、カメレオン獣と告げられていたが、まだ幼少であることに加え、蛇紋にも似ていたため、獣痣の申告は先送りにされていたのだった。
 しかし、十歳を超え、成人年齢に達するあたりで、かたくなに獣化を隠していた息子に変化があった。

『由緒あるアレパ家にカメレオン獣など生まれるわけがない! 俺は正しい。そして、神官が間違っている、あるいは世界が間違っているのだ!』
 
 ――そんなことを言い出した。
 これが下級貴族や平民ならそれで済んだのかもしれない。しかし、侯爵家でカメレオン獣は許されない。
 脆弱で矮小な生物であるうえに、戦闘技能も低い獣など、恥でしかない。
 それは誰よりも息子のトレミーがわかっていた。だから、獣痣を診断した神官をことごとく、口封じのために殺してきたのだった。

「父上……今回の神官もダメでしたね。真実の俺の姿を映し出せる神力を持たない、未熟者だったようです」
 あくまでも神官のせいにするか――それでいい、と侯爵は口角をあげた。
「知られれば醜聞となるからな。しかし、どうする。これまでどおり獣周期に姿を隠せば蛇獣だとしておくのは可能だが、その秘密もいつか漏れよう」
「漏れたら消せば良いのです。しかし、保険はかけておきましょう。神殿で調べさせたところ、我が国の辺境にはカメレオン紋を持つ下級貴族の女がおります。年のころは十代後半。それなりに役には立つでしょう」
「ふむ。そろそろ動いても良さそうだな。下級貴族なら、せいぜい聖女ランクは1か2。お前の獣化を解くまでに数年はかかるであろう」
「お言葉ですが父上。そのような下賤な女を傍に置くなど、俺のプライドが許しません。それに、我が家に穢れた血を入れることにも納得がいきませぬ」
「なら、どうしようというのだ?」
 侯爵は白い髭をならした。自分の血を濃く継いだ非情さを持つ息子が、どう対処をするのかに興味が湧いた。
「求婚書を二つ用意しましょう。ひとつはカメレオン紋の女を郊外の屋敷に囲い、対外的には死んだとみせかけて私に尽くさせるのです。一方で、別の紋の女を正妻とし、そちらは王都で生活させればよいでしょう」
 うっすらと笑みを浮かべながら、トレミーは告げた。
 対して侯爵は、喉の奥で笑った。我が息子はもとより、人が尊ぶ誠意などは微塵も持ち合わせないらしい。それはむしろ、誇らしい気分だった。
「途中で明るみになった場合は?」
「父上。身分の低い女など、治療が済んだらただのゴミですよ。五年、十年、利用価値のあるうちだけそれなりに体裁を整え、あとは消してしまえば良いのです」
 結構、と侯爵は指をならした。
「……お前も二十を過ぎた。ここからは獣化が深刻化するであろう。もはや一刻の猶予もない。世間に脆弱な獣と明るみに出るようならば、お前を廃嫡し、次男のグレミオを後継者とする」
「承知しました。父上」
 トレミーは重そうな瞼の下で目を光らせながら、頭を下げた。