隆史の性的嗜好は女に向けられていた。そんなのはわかっていたので、隆史が三四郎に欲情しないのもよかった。
 まるで永遠の片思いみたいで。
 両思いになってしまったら、いつか終わりがくるが、片思いは永遠に続く。
 死にたがりだったのに、永遠を求めるとは。
 自分も成長したのかもしれない。
 いや、退化したのか?
 自分は老成していて、やっと子供に戻ることができたのかもしれなかった。可能性の扉は閉じられていっても、あらたな扉を、そして広がりを自分で生み出すことができたのだ。
 隆史の妹から結婚すると連絡がきたときだ。
「は? 昭二?」
 その名前がでたとき、なにかが壊されたような気がした。
 なんとかして作り上げた世界が、崩壊する。一つ穴ができて、それから傷口が広がっていくみたいに。
 隆史の妹が昭二と結婚する。
「おめでとう」
 そのときの隆史のほっとした顔。
 自分には見せない顔だった。
 三四郎は激しく嫉妬した。そんなふうにさせることのできる家族に。
 三四郎の家族は、みんな怯えていた。三四郎がなにもかも「わかってしまう」ことに。隠し事ができないことに。
 はじめはみんな「なにを言っっているんだ」と笑っていたが、次第に恐ろしいものでも見るような目をして、腫れ物に触れるような態度を取り出した。
 決定的だったのは、父の浮気を三四郎が口にしたときだ。
 あのときの母の怒り。
 それは父に対してと同時に、自分にも向けられた。
 大人は嘘をついちゃいけない、と言ったが、真実を軽々しく口にしてはいけない、と教えてくれなかった。
 家族は崩壊することはなかったが、危険な子供であると下された。
 三四郎は、勉強もでできた。すぐにわかってしまうのだ。しかし、どこかおどおどしてしまう、人の心はが見えてしまう三四郎の怯えた態度と合わさると、いじめを誘発するだけだった。ばかなふりをしてみたり、さまざまなトライアンドエラーを行ってみたが、結局どうしたって、三四郎の振る舞いは、人を苛立たせるものがあった。
 無駄だと思った。
 三四郎の容姿に、最初人々は興味を持ち、失望していく。失望されるのがわかっているから、態度が悪くなり、悪循環が起きた。
 何が悪いのだろうか。
 家族か?
 生まれつき持っている能力か?
 自分の姿かたちか。
 そんなものはもうどうでもいい。
 ただ、隆史だけはどうしてもそばにいてほしい。
 もしそれが叶わないのなら、隆史がずっと覚えていてくれたら。
 それは危険な思想の一歩手前だとわかっていた。
「うん、いくよ」
 結婚式に、隆史は行くらしい。
 そのとき、三四郎は素早く計算して、ある思いついきが閃いた。
 それはかなり残酷なものだったが、ある意味では合理的とも言えた。
 すべての決着がつく。
 隆史のなかにまだいる、あいつのことだった。
 死んだ人間なんて、何も怖くないと思っていたが、間違いだった。
 死んで、いなくなってしまったら、生きている以上に存在が増す。忘れないように、人が努力して。
 いつか忘れ去ってしまうとしても。
 三四郎は歴史の教科書を読むたびに思う。
 歴史に名を残した人々の背後に、数えきれないほどの人が生きていたのだ。
 自分がそのうちの一人として消えていくのはべつにかまわなかった。
 なにか役に立つことをしようなんて考えたこともない。
 ただ、忘れられた人々の生活や、恋、そして悩みを思い、自分もせめて、同じように忘れられていく、だが自分にとって大事な人に、覚えていてほしかった。
 主水が鍵になる。
 そして、自分が主水を裁く資格があるかと考えた。
 いくらでもある。
 そもそも、あいつはいてはいけない存在である。そんなことは誰も気づいていないらしいが。もっともな理由を言えば、自分が傷ついていたのを無視したひどい教師だ。
 この計画を思いついたとき、自分はやはり、ろくな死に方をしないとは思っていたけれど、そういうことか、と思った。
 他人のことはわかるが、自分のことはわからない。
 それは自分の能力のせめてもの優しさみたいなものかと思っていた。違った。自分が邪悪な決心をするとき、歯止めをなくすためのものだったのだ。