「肉まんって冬の食べ物だよね。ふつうに暑いときから売ってるけど」
「ああ」
人の少ない店内で交わすとりとめのない話に、俺は笑って頷いた。瀬尾とふたりでシフトに入るのはひさしぶりだったけど、やっぱり好きだなと思う。
真矢さんや木内さんが楽だと思っていたのに、いつのまにか、瀬尾と入る時間が圧倒的に楽になってしまった。これも相性というのだろうか。
ちなみに、これもやっぱりなんだけど、バイトのシフトを減らした理由は、文化祭の準備がヤバかったかららしい。
BLカフェの衣装は学校の制服にエプロンだから簡単だけど、お化け屋敷はそうはいかないだろうし。小道具とか、まぁ、大変そうだよな。
「なんか、前に川又さん言ってたよ。川又さんが学生のころは寒いときしか売ってなかったのに、今はぜんぜん暑いのに九月から発注してるって」
だからって、やっぱり暑いと売れないんだけどねぇ、と笑ってもいたけれど。川又さんの弱り笑顔を思い出して肩を揺らした俺に、「仲良いよね」と瀬尾が言う。少し拗ねたような口調だった。
「仲良い?」
「え。先輩と店長が。おっさんなのに」
「おっさんて、あんな無害なおっさんいなくない?」
しかも、一応、店長なんだけど。まぁ、もうこの時間はいないけど。ちらりと壁にかかる時計を見上げ、取り成すように俺は続けた。勤務終了の二十一時まであと四十分。
「家族思いだし、俺らにも優しいし。世の中のおっさん、みんなああだったら平和だと思うよ、俺」
「先輩は、ああいうおっさんがタイプだっていう話?」
「タ……、うーん」
ないと断言をすると、推しの川又さんを全否定した気分になる。
タイプとかそういう話ではなかった気がするんだけどなぁと悩んだ末、俺はもごもごと首をひねった。
……いや、でも、なんか、似たようなこと聞いたな、俺。
瀬尾とはじめて一緒のシフトになった夜のことだ。沈黙怖さに「どういう子がタイプ?」と適当な話題を振った結果、とんでもなく嫌そうな顔をされている。
だが、たしかにこの質問は答えづらい。内心で反省をしていると、瀬尾が問いを重ねた。
「じゃあ、どういうのが好きなの?」
「なに、それ。世間話?」
「うん。半分は本気の興味だけど」
「ええ……、どうだろうな」
好きなタイプと言われても、ぱっと思い浮かぶものはない。というか、これ、やり返されてるのかな、もしかしなくても。そう疑いながらも、思考を巡らせる。
本当のことを言うと、女の子にそういう目を向けることが俺は少し苦手だった。たぶんだけど、おっさんの視線の気持ち悪さを痛感しているせいだと思う。誰にも言えない、謎の罪悪感。
野井や犀川が、あの子がどうのああのと話す内容もしんどいなと思う瞬間があるのだから、我ながら相当だ。
もちろん、質問されたときのための無難な回答は用意しているわけだけど。話しやすくて、素直な子。そのはずだったのに、俺の頭をよぎったのは、なぜか瀬尾の顔だった。
「先輩?」
「え? あ、えーと……、うん、話しやすい子かな」
「なにそれ。ほとんど誰でもいいじゃん」
「そんなことないって。ほら、話が合うって大事じゃん」
間が合うというか、価値観が合うというか。つまるところ、一緒にいて楽しいというか。隣にいることを自然と感じる相手。
そういう相手と巡り会って、いつか、俺も恋愛できたらいいなって思う。
……あれ、俺、恋愛したい気持ちあったんだ。
恋愛なんて、一生できる気がしないと思っていたのに。
知らないうちに生じていたらしい変化に驚いていると、「まぁ、そうだよね」と瀬尾が同意を示した。
「話が合うのはたしかに大事。合わないとけっこうストレスだし」
「だよな」
頷いたタイミングで開いた自動ドアに目を向け、――俺は声を呑み込んだ。まだ来てたんだ。
レジのほうをちらちらと見ながら雑誌コーナーに進む、大学生くらいの女の人。見た目はふつうなんだけど、無意味に三十分は居座って、必ず瀬尾のレジでなにかを買うというルーチンを一ヶ月以上続けている猛者なのだ。
無言で隣を見上げると、瀬尾の眉間にくっきりとしたしわが寄る。
「いっそのことなんか言ってくれたら、はっきり断るのに」
うんざりとしたそれに、はは、と俺は力なく笑った。そうなんだよなぁと心底気の毒になる。
たとえば、これが、なにも買わずに二時間居座る、だとか。業務中に話しかけてくる、だとか。わかりやすい迷惑行為だと「困ります」で終わるんだろうけど。
なんか、あの人、節度のあるストーカーみたいになってるんだよな。本人は「恋する乙女」のつもりでしかないんだろうけど。
「ああ」
人の少ない店内で交わすとりとめのない話に、俺は笑って頷いた。瀬尾とふたりでシフトに入るのはひさしぶりだったけど、やっぱり好きだなと思う。
真矢さんや木内さんが楽だと思っていたのに、いつのまにか、瀬尾と入る時間が圧倒的に楽になってしまった。これも相性というのだろうか。
ちなみに、これもやっぱりなんだけど、バイトのシフトを減らした理由は、文化祭の準備がヤバかったかららしい。
BLカフェの衣装は学校の制服にエプロンだから簡単だけど、お化け屋敷はそうはいかないだろうし。小道具とか、まぁ、大変そうだよな。
「なんか、前に川又さん言ってたよ。川又さんが学生のころは寒いときしか売ってなかったのに、今はぜんぜん暑いのに九月から発注してるって」
だからって、やっぱり暑いと売れないんだけどねぇ、と笑ってもいたけれど。川又さんの弱り笑顔を思い出して肩を揺らした俺に、「仲良いよね」と瀬尾が言う。少し拗ねたような口調だった。
「仲良い?」
「え。先輩と店長が。おっさんなのに」
「おっさんて、あんな無害なおっさんいなくない?」
しかも、一応、店長なんだけど。まぁ、もうこの時間はいないけど。ちらりと壁にかかる時計を見上げ、取り成すように俺は続けた。勤務終了の二十一時まであと四十分。
「家族思いだし、俺らにも優しいし。世の中のおっさん、みんなああだったら平和だと思うよ、俺」
「先輩は、ああいうおっさんがタイプだっていう話?」
「タ……、うーん」
ないと断言をすると、推しの川又さんを全否定した気分になる。
タイプとかそういう話ではなかった気がするんだけどなぁと悩んだ末、俺はもごもごと首をひねった。
……いや、でも、なんか、似たようなこと聞いたな、俺。
瀬尾とはじめて一緒のシフトになった夜のことだ。沈黙怖さに「どういう子がタイプ?」と適当な話題を振った結果、とんでもなく嫌そうな顔をされている。
だが、たしかにこの質問は答えづらい。内心で反省をしていると、瀬尾が問いを重ねた。
「じゃあ、どういうのが好きなの?」
「なに、それ。世間話?」
「うん。半分は本気の興味だけど」
「ええ……、どうだろうな」
好きなタイプと言われても、ぱっと思い浮かぶものはない。というか、これ、やり返されてるのかな、もしかしなくても。そう疑いながらも、思考を巡らせる。
本当のことを言うと、女の子にそういう目を向けることが俺は少し苦手だった。たぶんだけど、おっさんの視線の気持ち悪さを痛感しているせいだと思う。誰にも言えない、謎の罪悪感。
野井や犀川が、あの子がどうのああのと話す内容もしんどいなと思う瞬間があるのだから、我ながら相当だ。
もちろん、質問されたときのための無難な回答は用意しているわけだけど。話しやすくて、素直な子。そのはずだったのに、俺の頭をよぎったのは、なぜか瀬尾の顔だった。
「先輩?」
「え? あ、えーと……、うん、話しやすい子かな」
「なにそれ。ほとんど誰でもいいじゃん」
「そんなことないって。ほら、話が合うって大事じゃん」
間が合うというか、価値観が合うというか。つまるところ、一緒にいて楽しいというか。隣にいることを自然と感じる相手。
そういう相手と巡り会って、いつか、俺も恋愛できたらいいなって思う。
……あれ、俺、恋愛したい気持ちあったんだ。
恋愛なんて、一生できる気がしないと思っていたのに。
知らないうちに生じていたらしい変化に驚いていると、「まぁ、そうだよね」と瀬尾が同意を示した。
「話が合うのはたしかに大事。合わないとけっこうストレスだし」
「だよな」
頷いたタイミングで開いた自動ドアに目を向け、――俺は声を呑み込んだ。まだ来てたんだ。
レジのほうをちらちらと見ながら雑誌コーナーに進む、大学生くらいの女の人。見た目はふつうなんだけど、無意味に三十分は居座って、必ず瀬尾のレジでなにかを買うというルーチンを一ヶ月以上続けている猛者なのだ。
無言で隣を見上げると、瀬尾の眉間にくっきりとしたしわが寄る。
「いっそのことなんか言ってくれたら、はっきり断るのに」
うんざりとしたそれに、はは、と俺は力なく笑った。そうなんだよなぁと心底気の毒になる。
たとえば、これが、なにも買わずに二時間居座る、だとか。業務中に話しかけてくる、だとか。わかりやすい迷惑行為だと「困ります」で終わるんだろうけど。
なんか、あの人、節度のあるストーカーみたいになってるんだよな。本人は「恋する乙女」のつもりでしかないんだろうけど。