息を溜めた。
 貯めて溜めて、溜め込んで。けれどいくら溜め込んでいても、吐き出さなければ呼吸はできない。水の中に潜ったときのように、どれだけ息を貯めても、いずれは吐き出さなければならない。出したくないのと、出してしまいたいのと真逆の欲求の戦いに、俺は今まで抱えていた『我慢』と名のついた空気を吐きだした。


「俺だって辛いことぐらいあるさ!! あるけど見せないように努力してきた! 見せないようにするのも辛い!! だけど「辛い」と言ったところで何になる! 誰に伝わる! 誰が助かる!? 誰が何をしてくれるっていうんだ! 誰に何を言ったらいいかわからない! 言った側はなんて思うかわからない! そこまで言うほどの間柄なのか!? そう思ってるのは俺だけじゃないのか!? 言ったところで負担になるだけかもしれない! 言ってみないとわからないだろうけど! 言ったところでもう遅いんだよ!!」


 貯め込んだ息以上の言葉を吐き出して、息切れが止まらない。
 頭がボーっとする。酸欠だ。息を吸わなきゃ。


「……ある程度の理解力がある。だからこそ、自分が中途半端なんだって自覚できるんだ。どれだけ努力しても、成功者を参考にしても、その域には行けない。それがわかってても受け入れたくない。足掻いてることを知られたくない。だから虚勢を張って、ただ笑ってるんだよ。誰にも頼らず、ただ自分が悪いって思ってるのが、一番息がしやすいんだ」


 荒らげた呼吸をただ静かに聞いている、俺に囚われている君。ただ見つめるだけなのに。いつもの、光を宿さない死んだ目をしているそれが、何事も吸い込んでいくような黒い渦にも見える。感情がないようにも、なぜか満たされているようにも見えてしまって、より悔しく、恥ずかしく、嫌だった。
 まだまだ呼吸は落ち着かない。肩で息をして、体が酸素を求めてる。
 のに。


『苦しいね』


 そう言って、君は黒く淀んだ瞳で俺を見つめる。


 ―― わかった気になるな。わかってほしくなんてない。


 胸元の、少し乾燥した肌を口元に押し付けられる。頭の後ろから両腕で抑えられ、呼吸がしにくくなる。体が密着して、温かいような、冷たいような温度を、全身で感じとる。
 ベッドの上は、静かだった。声も、涙も、息も。何も聞こえず。ただ、耳元にだけ、心臓の音がゆっくりと聞こえてた。
 息を吸う音が、聞こえた。


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