「大丈夫よ、落ち着いて」
「あのおじさんが、おじさんの顔が、ドロッて、崩れて、怖い……」
 おじさんの顔が崩れる? それもけえ子さんの力なのだろうか。人を溶かすなんてヤバすぎないだろうか。
「やだ、本当に溶かしてなんかいないわよ。ヒュプノシスつまり催眠を掛けたの。これもテレパシー系だからあんまりやりたくはないんだけど、今日は特別。今頃男の方も震えてるんじゃないかしら。ドラッグセックスの虜にさせようと思っていたターゲットがドロドロと溶け出したらねえ」
「けえ子さん、この子とりあえずお店に連れてくね。落ち着いたら家まで送り届ける」
「うん、お願い」
 倫太郎さんは慣れた様子で少女を促し、夜の街へと消えて行った。けえ子さんのお店が近くにあるのだろう。こんな風にして、けえ子さんたちは悪い大人の餌食になりそうな子を助けている。その手伝いをモカにもしろということらしい。

 けえ子さんは、「お店に戻ろっか」と、倫太郎さんたちとは反対側に歩き出した。けれど、モカはその場で立ち止まる。
「……けえ子さん、やっぱりわたしには無理ですよ。倫太郎さんみたいには出来ないし。第一、助ける義理なんてないじゃないですか。ほっといて欲しい子だっているだろうし、その場は助けられても、また夜の街で悪い大人に絡まれるかもしれないし」
「そうね。そういう子も大勢いたわね」
 けえ子さんは、モカに反論するでもなく頷いた。
「けえ子さんが超能力者なのはたぶん分かりました。夜の街で人助けをしているのも凄いと思います。だけど、わたしには関係ないです。わたしは死ぬ筈だったのに」
「そうね、モカちゃんには関係ないことよ」
「じゃあどうして」
「モカちゃんどう? 今生きてて残念?」
「え、それは……」
 あらためてけえ子さんに聞かれて、モカは答えに詰まった。
 まだ出会って数時間しか経っていないけえ子さんに振り回されているうちに、生きていたことにどこかほっとしている自分がいる。最後の最後で死ぬ覚悟を決められないまま落っこちてしまったから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
「ま、すぐに答えなんて出ないわよ。まずはパンツパンツ」
「連呼しないで下さいってば」

 ディスカウントストアの下着売り場に戻ると、すったもんだの末、けえ子さんとモカの趣味を足して二で割ったようなサイドストリングデザインのショーツを選んだ。