「いいのよ、感謝されるつもりはないから。そのあとの人生をどうするかまでは、口を挟む気もないしね。ただ、たったひとつのきっかけのせいで人生めちゃくちゃになっちゃうなんて、勿体ないじゃない? あ、ほらやっぱり男が近付いてきた。あの子を連れて外に出るみたい。モカちゃん、ついてきて」
「え、あの、パンツは」
「あとで山ほど買ったげる」
 ふわふわとした雰囲気は変えずに、けれど足取りはしっかりした様子で、けえ子さんは男と少女のあとを追い始めた。モカも慌ててけえ子さんの様子に倣う。
 モカは、大きな力に抗えずに巻き込まれていく自分に戸惑っていた。断ることだって出来るのに、どうして自分はけえ子さんについて行ってるんだろう。

 周囲をよく見ると、もう一人、自分たちと同じように彼らのあとを尾けているサングラス姿の女性を発見した。この人もけえ子さんのお店のホステスさんなのかもしれない。ハイウエストの膝丈スカートからすらりと伸びる脚に、モカは釘付けになった。
「当たり。うちのお店の倫太郎よ」
「お、とこの人!?」
「男の娘っていうのよ。倫太郎自身は男で、男の人が好きで、女の子の恰好が好き」
「分かるような分かんないような」
「倫太郎が、今回の巡回担当なの。あれをモカちゃんにもやってもらおうと思ってる」
「む、無理ですって」
「大丈夫。怪しい様子の子を見つけて、見守るだけの簡単なお仕事よ。連絡さえくれれば、あとはあたしが処理するから任せて」
「処理って」
「まあ見てて」

 場所はいつの間にかディスカウントストアの駐車場に移っていた。物陰にいる倫太郎さんが、こっちこっちとけえ子さんを手招きする。黒い軽自動車を指さして(あれ、あれ)と口パクで知らせてきた。
「ちょっとめんどくさい力使うから、集中するわね」
 けえ子さんは車を見据えると、すっと表情を消した。ハンドパワー的なアクションを起こすわけでも目から光線を出すわけでもないけれど、不思議な力を使って何かをしているらしい。
 モカは、黙ってその様子を見つめた。
 車が、ガタガタと動き出す。助手席のドアが大きく開いて、中から先ほどの少女が飛び出してきた。
「た、助けて」
 何か怖いものでも見たのだろうか、その顔は恐怖に歪んでいる。物陰から倫太郎さんが走ってきて、少女を保護した。こちらに連れて来たので、モカも少女の脇にそっと寄り添う。