びゅううと風が吹き抜ける屋上の、フェンスの外は空中しかない。
 少女はフェンスの外、足場十数センチのコンクリートの張り出しにつま先を置いた。足元がぐねぐねと柔らかく溶けてしまいそうな錯覚を覚え、ふらっと体勢を崩す。
「あ」
 予想外の結末だった。これでは、自分の意志で飛び降りるというより、間違って落ちちゃったみたいな最期じゃない。
「かっこわ、る」
 と口に出した時には、少女の身体は物凄いスピードで落下していた。

「おはよ、夜だけど」
 少女の目の前にぬっと長い髪の毛が現れて、少女は思わずぎゃっと潰れたような声を上げた。
「ぎゃっ、は失礼ねえ」
 風呂上がりなのだろうか、濡れた髪をヘアターバンでぐいっとまとめると、そこから人間の顔が現れて少女は少しほっとした。目の前にいるのはおそらく人間の女性で、日本語が喋れるということだけは把握した。
「あ、すいません。びっくりして」
「そりゃそっか。なんか飲む? ビール? チューハイ?」
 冷えたのあったかな、と言いつつ冷蔵庫をのぞく後ろ姿を見ながら、少女は今置かれている状況を全く飲み込めずにいる。

「あのう」
「ん?」
「未成年なんでお酒は……」
「え、飲んだことないの? 真面目なのね。えっと名前はモカちゃんだっけ」
「なんで、わたしの名前……、てか、なんでわたし生きてるんですかね……」
「ああそっかそっか。今頭の中テンパってるか」
 少女をモカと呼んだ彼女は、モカの前にダイニングテーブルの椅子を引っ張ってくると、どっかりと座った。プシュ、という小気味の良い音をさせて、んぐんぐと缶の中身を喉に流し込んでいく。モカのことよりも冷えたビールの方が重要だと言わんばかりの様子に、モカは少々イラっとした。
「わたし、自殺した筈なんですけど」
 強めの口調が、喉の動きを止めた。彼女は幾分名残り惜しそうに缶を置く。
「知ってる。学校の屋上から落ちちゃったんでしょ」
「落ちっ……飛び降りたんです」
「ああそうそう、飛び降りた、ね。で、それを見かけたあたしが、テレポートでモカちゃんの身体をあたしの家へ飛ばしたの。正確にはあたしの家のソファーへ。お客さんに買ってもらった高いソファーよ、ふかふかでしょ」
「テレ……」
 モカの頭は、最高レベルにまで訳が分からなくなった。
「瞬間移動。手を使わず物体を離れた空間に転送する力」