けえ子さんの質問は意地悪だ、とモカは思った。こんな楽しい時間を過ごしちゃったら、生きてて残念だなんて言えないじゃない。
「戻りませんよ、もう」
「そっか」
 けえ子さんはモカの隣に座り、グラスの氷を指で突きながら、何杯目かのお酒をちびちびと飲み始めた。
「ねぇ、けえ子さん」
「ん?」
「夜って、もっと苦しまないといけないのかと思ってました。こんな風に、楽しくしててもいいんだ」
「んふふ、この街はね。夜になると、自分を見失ってしまった人が苦しみから逃れたくて集まってくるのよ。だからみんな楽しそうにしているの。勿論良からぬものも集まってくるけどね。あたしはそんな良からぬものを成敗するのが趣味だからさ」
 けえ子さんはそんな風に嘘ぶってみせてから──少しだけ昔を悼むような表情を浮かべたあと、モカの方を見ていたずらっぽく笑った。
「夜だからって無理して眠らなくてもいいのよ。いつか、モカちゃんの居場所も寝心地が良くなるわ、きっと」
「そう……ですかねぇ」
「勿論。それには、モカちゃん自身の居場所を作ることが大事よ」
「自分の居場所……」
「そう。で、どう? 付き合ってみない?」
「付きっ……!!」
「何よ、そんなに驚いて。これからもあたしの趣味に付き合ってくれる気はない? ってことよ」
「あ、ああ。そ、そっち」
 モカは焦って思わず椅子からずり落ちそうになった。けえ子さんと付き合うなんてことをちょっと想像した自分がいて、そんな自分に驚いている。もしかして、恋ってやつだろうか。狭い世界でしか生きてこなかった自分から、そんな気持ちが湧き上がるなんて思いもしなかった。
 はっきりとした答えは自分にも分からないから、今はまだ何も言えないけれど。いや、けえ子さんはとっくにお見通しなのかもしれないけれど。
「た、たまになら、付き合っても……いいですけど」
「よし決まりっ!」
 けえ子さんは自分のグラスを持ち上げ、モカのアイスティーソーダにカチンと当てた。
「とりあえず今夜のご褒美、何でも買ってあげるわ。何がいい? パンツ?」
「パンツは要りませんて」
「えー」
 けえ子さんはケラケラと楽しそうに笑う。モカもつられて笑った。

 スカートがまくれ上がったら、そこには眠らない夜があった。

         終わり