倫太郎さんはすぐさまカウンターに入り、冷蔵庫から冷たいおしぼりを取り出す。
「モカちゃん座って。そっちの子も」
 けえ子さんに抱えられていた少女は、おそるおそる倫太郎さんの言葉に従った。
「家出かな?」
 倫太郎さんが優しく尋ねる。
「二週間くらい帰ってなくて……、お金もなくなって満喫にも行けないし、相談出来る知り合いもいないし。そしたらあのおじさんが泊まるところ貸してあげるっていうので」
「そうか。で、ついてったらセックス強要されちゃったわけだ」
「初めはどうなってもいいやって思ってたんですけど……やっぱり僕、怖くなって」
「「「「僕?」」」」
 その場にいた四人が、いっせいに反応する。
「倫太郎。男の娘のよしみで、ゆっくり話聞いてあげてよ」
 そう言うと、けえ子さんは倫太郎さんが付いていたお客さんのところへ移動した。
「ごめんね。そういうワケだから、あたしがお相手しまーす」
 別のテーブルから、「けえ子さんを独り占めなんて羨ましいなあ」というヤジが飛び、店内は笑いに包まれた。

 モカは、その様子をぽかんと口を開けて見つめるばかりだ。夜って、こんなに楽しい時間だったっけ。
 モカの思う夜は、重苦しくて憂鬱な時間でしかなかった。家の中にはお母さんと自分しかいないと思うと、目を瞑ってもちっとも眠れない。眠れない夜は、モカにとっては苦しみでしかなかったというのに。
 死んでしまえば、苦しみから逃れられると思っていた。夜が永遠に終わらなければ楽になれる筈なんだ。

「モーカちゃん。アイスティーソーダ、どうぞ」
 カウンターに、ことりとグラスが置かれた。モカを背中から抱きしめるようにして、けえ子さんがモカの顔を覗き込む。背中に当たるけえ子さんの柔らかな胸が、またモカのドキドキを加速させた。
「あ、ありがとうございます……」
「本当に今日はありがとうね。モカちゃんの仕事、完璧だった! 危ない目に合わせて本当にごめん」
「けえ子さんを呼んだらすぐに来てくれたから、全然平気です」
「ふふふ。で、お願いした仕事はこれで完了。はい、パンツ画像はちゃんと消すわ」
 けえ子さんは、モカに見えるようにしてスマホの画像を消去した。
「モカちゃん、どうする? 学校の屋上に戻る?」