男はあからさまに面倒くさそうな表情をした。ガキなんてどうとでもなる、と思っていた思惑が外れたのだろう。
「うるせえガキだな」
 恐怖で足がすくむ。動こうとするモカよりも早く、男の片手はモカを捕らえた。男の腕の力は強くて、もがけばもがくほど息が出来なくなる。
「ううう!」
(助けて! けえ子さん、助けて!)

「はいはーい、ちょっと待ってね」
 呑気な声が聞こえたかと思うと、モカと少女の身体はふわっと無重力状態になり、男の腕から解放された。むにゅっと柔らかい感触を頬に感じれば、けえ子さんのボリューミーな胸の中に回収されていた。
「モカちゃん怪我はない?」
「わ、わたしは大丈夫です」
 恐怖からくるドキドキとはまた違うドキドキに、モカは目が回りそうだ。何これ、なんだろうこのドキドキ。
「だれだテメエ」
 急に獲物を取られた男がヒステリックに叫ぶ。
「あたし? あたしはサイキックホステスけえ子よ」
 けえ子さんのキメ台詞とともに、男の服が炎に包まれた。

「モカちゃん、ごめんね。大仕事させちゃって」
 みづ穂さんが息を切らせながら走ってきた。
「けえ子さん、お巡りさん呼んだよ」
「オッケー、あとは任せちゃお。あたしたちはとりあえず店に行こうか」
 あぢいいいッという叫び声とともに転げまわる男をビルの隙間に残したまま、けえ子さんは堂々とその場を引き上げる。小脇には泣きじゃくる少女を抱え、後ろにみづ穂さんとモカを従えて。
「だ、大丈夫ですかね」
 小声でモカは尋ねた。酷い野郎だけれど、あのまま放っておいたらマズいのでは。
「パイロキネシスなんてだれも信じやしないわよ。あいつの言うことなんて、どうせ相手にされないだろうしね。火はほら、簡単に消し止められたみたい」
 暗闇から立ち去るモカの目に、駆け付けた警官に頭から水を浴びせられ、情けない様子で座り込む男の姿が映った。

 初めて訪れるけえ子さんのお店は、さっきと同じようなビルとビルの間にあった。けれど、時折聞こえる店内からの笑い声や看板の明かりが、闇深さを打ち消してくれている。
「今日は巡回だけじゃなかったの?」
 店内で接客をしていた倫太郎さんが、モカ達に気付いて走り寄った。
「モカちゃん、初巡回で初手柄よ」
「私もびっくりした。モカちゃん素質あるよ」
「えっ凄いじゃん。お疲れ」