モカの視線は、男の人に手を引かれて歩く少女の姿を捉えた。遠目から見ても、明らかにモカより年下だ。
「大丈夫かな。みづ穂さんに知らせた方がいいかな。ああ、でもどこに行こうとしてるのか分かんないや」
 正体不明の雑居ビルがにょきにょき生えているような夜の街だ。うつむき加減の少女は、ビルとビルの隙間に消えようとしていた。みづ穂さんはまだ戻って来ない。スマホはまだ連絡先を交換していない。
「えええ、マジか」
 モカはうろたえ、その場で足踏みをし……ええいと心を決めた。

 そこには表通りのネオンも届かない、大きな暗闇が広がっていた。少し先をさっきの少女と男が歩いている。良かった、見失ってはいない。モカは勇気を出して彼らの後を尾けることにした。せめてどこへ行くのかだけでも見届けないと。
 よく見ると、少女の足取りはふわふわと宙にでも浮いているかのようにおぼつかない。酔っぱらってる?
(ヤバい、建物に入っちゃう)
 傍目にはふらつく少女を男が支えていると言った感じだけれど、年齢差といいカテゴリーといい、明らかに不自然だ。
 二人の後ろ姿が建物へ吸い込まれていく。完全に消えたのを確認して、モカはその建物に近付いた。
「ホテル? これが? あ、もしかして裏口?」
 そこでモカは察しがついた。ラブホの裏口だ、ここ。
 早くみづ穂さんに報告しなきゃ。あとは上手くやってくれるだろう。はやる気持ちを押さえながら、モカは踵を返そうとした。

「おい、テメエ何してんだ」
 表通りへ戻ろうとしたモカの背中に、ドスの効いた男の声が被さった。
(バレてた!?)
 モカの全身から汗が流れる。心臓がドキンと大きく鳴って、そのまま止まってしまいそうだ。
「ガキか、ちょうどいいや」
 モカはぎこちなく振り向いた。男の腕で首を絞められ口を手でふさがれた少女が、怯えた目をモカに送っている。
「家出したガキが二人も釣れるとはな」
 男の目は死んだ魚のように濁っていて、暗闇の中で鈍く揺らいでいる。気持ちが悪い。
「そ、その子を離しなさいよ!」
 モカは震えながらも男に噛み付いた。けえ子さんの言っていた「生殺与奪の権」を、こんなクズ野郎に奪われてたまるか。その少女だって、初めて聞くような上手い言葉で丸め込まれたのに違いない。