わざとらしく舌を出すけえ子さんの、サイキックホステスという肩書きは胡散臭い以外の何物でもないけれど、「生きてて残念」だったかどうかを決めるのは、けえ子さんの話に乗ってからでもいいか、とモカは思った。

「みづ穂です、よろしく」
「モカです、よろしくお願いします」
 仕事が終わるまで泊まらせてもらうことになったけえ子さんのマンションに、翌日みづ穂さんという女性がやって来た。
 みづ穂さんもやっぱりけえ子さんのお店のホステスで、倫太郎さんと同じようにけえ子さんの仕事を手伝っている。モカよりは年上だけれど、けえ子さんよりはだいぶモカ寄りの雰囲気だ。
「今日はあたし早番だから、みづ穂にいろいろ聞いてね。じゃあね」
 けえ子さんは、昨晩とは打って変わったメイクと髪型で、手をひらひらと振りながら家を出て行った。巡回と言っても昨晩見た限りではなかなか危険な場面もあるというのに、適当な人だなあとモカは口を尖らせる。
「適当と見せかけといて人の心に入るのが上手いのよ、けえ子さんは」
「みづ穂さんもそう思うんですか」
「うん、私もあののらりくらりとした感じにやられたクチだもん。モカちゃんもでしょ」
「わたしは脅されてやってるだけで、一回限りでおしまいです」
「あはは。それもたぶん計算済だよ、けえ子さん」
「ええっまさか」
 けえ子さんをダシにしながらマンションのエレベーターに乗ったところで、モカはみづ穂さんの行動に首を傾げた。
「みづ穂さん、手袋なんてどうするんですか。今夏ですよ?」
「ああ、これ? 私素手で触れないのよ、他人の触れたところに」
「え?」
 みづ穂さんと街へ繰り出した時にはもうすっかり日は暮れていて、夜独特の濃い賑やかさが増していた。
 早々と酔っぱらって騒いでいる集団に触らないよう、ひょいひょいと器用に避けながら、みづ穂さんは夜の街の物陰や暗闇をさりげなく注視していた。
 モカも真似をして周囲に気を配ってみているけれど、事件になりそうな出来事は見当たらない。

 みづ穂さんは歩きながら、話の続きを始めた。
 高校時代のいじめを境に、みづ穂さんは酷い潔癖症に陥ってしまったのだという。