「夜に眠れないって? ねえ、この街はいいわよ。夜だからって無理に目を瞑る必要がないもの」
「あなたはだれ」
「あたし? あたしはサイキックホステスけえ子よ」
人の気配が消えた真夜中の学校は寒い。
「さむ……いだだだだだ足痺れた」
人体模型がだれに見せるわけでもなく内臓を晒している理科準備室。戸棚の下段から、ひとりの少女が這い出してきた。
警備員の巡回が終わるまで物音を立てずにいるのは苦痛で、隠れる場所を考えれば良かったと少女は後悔をしたけれど、どうせこの肉体はまもなく潰れてなくなるのだから、後悔しても意味がないのだと思い直す。
「いやいや、屋上に行くのも一苦労じゃんあたしの馬鹿。うー痺れる」
一歩足を踏み出すたびに痺れが体じゅうに伝わる。
後悔しかない自分の人生を呪いながら、ようやく少女は屋上に辿り着いた。普段は鍵のかかっている屋上扉だけれど、こっそり予備の鍵を手に入れてある。
少女は母と二人暮らしだ。
母子家庭というちっぽけな集合体は、物心ついた頃にはもう腐って崩壊していた。さっさと捨ててしまいたかったけれど、一人で生きていくには少女は非力で、腐った集合体で生きていくしか出来ない自分が恨めしかった。
生まれた時から一人でも生きていけるような大人だったら、どんなに良かっただろうと少女は思う。
母の言うことを聞くたびに少女の心臓は拒否をするかのようにぎゅっと膨らみ、今にも破裂してしまいそうだった。いっそのこと破裂してくれても良かったのに心臓は案外丈夫で破裂には至らず、それもまた恨めしい。
こんな自分が学校を卒業して社会に出たところで、きっと同じような毎日が続くのだろう。
冷めた頭で近い未来を予想していた矢先に屋上扉の鍵を拾った。その時少女は、腐った集合体にしがみついていた手を離そうと決めた。
腐った集合体に縛られ続けるよりも、屋上扉の鍵を開けて空へ飛び出す方が楽だと少女は思った。もう二度と、みぞおちを不安の虫でうじゃうじゃと掻き回されて息苦しくなり、眠れない夜を過ごすことはなくなる。
少女は痺れの残る手足でフェンスをよじ登った。
屋上のフェンスはまあまあ高く、死ぬのも楽じゃないなあなどと少女はぼやきながら、上履きのゴム部分がストッパーになってしまうので、途中から上履きも脱ぎ捨てて登った。
「おお、やっぱ高いな」