日曜日。




私の日曜日は、いつもより20分早く起きることから始まります。
寝坊したのを感じ、慌てて重い瞼を開ければ、そこには少しぼやけた歪んだ世界。寝起きでまともに動かない体をなんとか起こし、枕元にある黒い縁のメガネに手を伸ばします。カチャリとそれをかけると、ぼやけた世界はまたたく間に色彩豊かな世界へと変化します。私は、この瞬間が大好きです。
少しの間その世界を堪能したら、次は朝ごはんの時間です。今日はいつもより10分寝坊してしまったから、手短にゼリー飲料とフルーツグミを3つ。朝はこれだけで事足ります。
しっかり食べ物が胃に入ったのを感じたら、洗面台へと場所を移します。かけたばかりのメガネにしばしの別れを告げ、水道の蛇口をひねると、勢いよく水が噴き出てきます。その水を手のひらでキャッチし、顔にリリース。朝のキャッチアンドリリースです。
顔を洗い終えると、次は髪の毛を結んでいきます。メガネとまた再会し、自分と少しにらめっこ。毛先から櫛を通していき、全体に行き渡ったら、作業開始です。
私の手の中で素直に編まれていく真っ黒な髪は、あっという間にゴムで形を固定されてしまいました。これでやっと、いつもの私。
朝起きて20分。ようやく着替えに取り掛かります。白いパーカーに緑と黒のチェック柄のロングスカート。灰色のリュックに必要なものを詰め込んだら、「タンスの上から順番に取り出したコーデ」の完成。うん、我ながらイケてる。
「やば、もうこんな時間」
そろそろ出ないと遅れてしまう。私にしては珍しい、友達との約束が待っているのに。
「…それじゃあ、行ってきます」
誰もいない部屋にそう呼びかけ、玄関を開けます。
少し目に染みる朝日と、心地よい風を感じながら、私の日曜日が始まりました。





「いらっしゃいませ~」
緩めの挨拶とともに、店員さんがこちらを見てはにかみます。もう常連となってしまった私は、少し気恥ずかしさを覚えながらも、同じようにはにかんでみました。
「今週も来てくだっさのですね。彼女はまた…?」
「はい。多分、というか絶対に遅刻してくると思うので」
「あははっ、そうですか」
そんな言葉を交わし、案内されたのは窓際の入り口からほど近い席。本当は奥のひっそりとした場所がいいのだけれど、背に腹は代えられない。いつものように遅刻してくる彼女が、私を見つけやすくするために、今日も先週と同じ場所に腰掛ける。
「ホットコーヒーとアイスコーヒーを1つづつお願いします」
「かしこまりましたー」
頬杖をついて、窓の外を眺める。今日、彼女は何分遅刻してくるだろうか。もうこの日曜日の集まりを始めて3ヶ月ほど。彼女が待ち合わせ時間にしっかり来たことはまだ一度もありません。いつになったら来るのやら。そんなことをぼんやり考えていると、カラン、と入り口が開く音が耳に入ってきました。
「いらっしゃいま…あぁ、もういらっしゃってますよ。どうぞ」
なんだか先週も同じことを聞いた気がする。そして、同じ軽やかな足音も。また、このパターン。
「……10分遅刻です。前回よりも5分遅いですよ」
「____千夏(ちなつ)さん」
「あっはは、ごめーん!ちょっと寝坊しちゃってさー」
そう言いながら彼女、千夏さんは、ミルフィーユカラーの髪を丁寧に巻き、変な柄が書いてあるTシャツと水色のショートパンツを身にまとっていました。メイクもバッチリ。とても寝坊した人の風貌ではないことは確かです。
「これで何連続目ですか。そろそろ怒りますよ」
「まじごめんって!次気をつけるから!!」
「それ、前も聞きました」
「次こそはがち!がっちがちのがちだから!!」
「意味がわかりません…」
がっちがちのがち、とは、一体どのような意味が含まれているのでしょう。私には理化する力がまだ足りないようでした。
千夏さんは名前のとおり、夏を彷彿とさせるような人です。よく言うセリフは、「やってみなきゃわからない」。チャレンジ精神が強く、コミュニケーション能力に長けているため、彼女の周りにはいつもたくさんの人で溢れています。世間一般にはギャル、と呼ばれる風貌で、よくナンパをされては「がち興味ない」と一蹴できるほどの強さを持つ反面、勉強が苦手で、よくテスト前やレポート提出日前日に騒いでるのを目にします。世の男性方は、このようなギャップ?というものを持つ人に惹かれるのでしょう。多分、きっと。
対して私。名前は冬花(とうか)。固く結んだ三つ編みに、適当に引っ張り出した服。よく言うセリフは「やらなくてもわかる」。自分の限界をもうすでに悟ってしまったがために、線の引きどころを見極めるのが早すぎる、とよく千夏さんに怒られます。コミュニケーション能力はあまりなく、友だち、と呼べる相手はたった数人。それも、遊びに行くなどということはあまりしない人たちですが。世間一般で言うところの、地味女。ナンパなんて一度も経験したことがないし、されたとしても彼女みたいに上手く断ることはきっとできない。勉強だけに特化した勉強人間で、性格も根暗。当然、彼氏なんて一回もできたことはありません。
顔も中身も正反対。なのに、毎週日曜日、私は彼女とこのカフェで待ち合わせ。前の私が聞いたら、きっと驚いてくれることでしょう。
たった一つの趣味が、私たちをこんなにも近づけてくれるなんて。
「お待たせしました。コーヒーのホットとアイスになります」
「わー!ふゆち頼んでくれてたの?さっすがー!!」
千夏さんは私を「ふゆち」と呼びます。そっちのほうが親近感があって、友達っぽい、らしいです。私にはよくわかりませんが。
目をキラキラと輝かせ、嬉しそうにアイスコーヒーに手を伸ばす千夏さん。対して、特になんとも思わずホットコーヒーを手に取る私。これだけで、普段の愛想のよさが全く違うことがわかります。人は普段の行動で性格が出るものです。
「ふゆち、いつもコーヒーはホットだよね。夏も冬も。飽きない?」
「千夏さんは夏も冬もアイスですよね。飽きないんですか?」
「ふっふーん、ふゆち、いつも同じ空気吸ってるけど、飽きたことある?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「あぁ、確かに!飽きたことないかも!」
なにがしたいんだ、この人。
千夏さんの思考は読みづらい。いつも何を考え発言をしているのか、何を思って行動に移しているのか、3ヶ月経っても理解できる気がしません。
「じゃー飲み物も来たことだし、」
と、千夏さんはそう言い、自分のカバンに手を伸ばしました。私も、同様にリュックの中を除き、あるものを取り出します。
丁寧にテーブルの上に置き、彼女のものが出てくるのを待ちます。彼女はどうやら、目的のものが見つからずガサガサと乱雑にカバンを漁っているようでした。やがて、彼女は嬉々として手を止め、それを取り出します。そして私と同じく、それを丁寧にテーブルに置きました。
「カバンの中、整理したらどうです?」
「帰って暇だったらやるつもり〜」
「いやそれやらないやつですよね」
お互いにそんな軽口を少し叩き、一息つきます。
そして、いつも口を開くのは千夏さんから。
「……ねぇ、どうだった?」
「はい、まぁ、素直に言わせてもらいますと…」
「……割と、キュンキュンさせてもらいました」
「!!ほんと!?よかったー!!!!」
私がそう言うと、彼女は安心したように笑顔を浮かべました。まさしく、夏に輝く太陽のような。彼女名前にぴったりの笑顔です。
___素敵な笑顔。
私はいつも、ただひたすらにそう思うのでした。
「あまり恋愛物には手を出してきていないのですが…意外とあり、ですね」
「でしょでしょー!ねね、特にどのシーンがキュンと来た!?」
「そうですね…私的には、主人公が自分の存在意義を見失いそうになってしまった時に相手の方が登場して慰めるシーンがぐっと来ましたね。あそこで主人公の心が救われると同時に、自分に対しての見方が変わったということを表しているのは、とても素晴らしいしさすが人気作家というところでしょうか。文才からバンバン主人公の想いが伝わってきて私まで危うく相手に落ちそうになりました」
「あーわかる!!その後の主人公が自分を好きになるように前を向いて歩いてくとこもアツいよねー!!」
私たちは所謂「本仲間」というものです。読むジャンルは、彼女が恋愛やファンタジー、ライトノベル系統。私がミステリーや紀行文、時代劇。お互い全くの別ジャンルが好きなのに、こんなに仲良くなるなんて。人生、何が起こるか分からないものですね。
「私のおすすめした本はどうでしたか?」
「あ、そうそう!あれマジえぐかった!!まさか犯人が探偵だったなんてさー!ぜんっぜん思いつかなかったなー!」
私は感想にあれほど長々と語ったのに対し、彼女の感想はとても簡素なものです。でも、たったあれだけのもので面白かったと伝わるのは、やはり表情や言い方も関係してくるのでしょう。少し自分の性格を恨めしく思います。
ここまで見てもらえばわかると思いますが、私達は毎週日曜日、このカフェでお互いの本の貸し借り、そして感想の言い合いをしています。最初にこれをやろうと言い出したのは千夏さんで、正直あまり乗り気ではなかったのですが、やっていくうちにこの方の本好き度が伺えて楽しくなってしまったのです。私は案外チョロい女なのかもしれません。
「でもさ、実際にあの技って使えるのかな?」
「技?」
「ほら、犯人がやったあのー…あれだよ、あれ!」
「あぁ…アリバイトリックのことですか?」
「そう!それ!被害者の子に手紙で呼び出して、落ちるギリギリのとこに滑るようななにかを置くやつ!あれ本当に滑るのかなぁ」
「滑るようななにかって…まぁ、実際にはタイミングの問題もあると思いますけどね。作中でも、地面が雨でぬかるんでて滑りやすくなってた、と書いてありましたし」
突き落としたように見せかける遠隔殺人トリック。作中では自分のアリバイを作り、いち早く犯人候補から外れていたっけ。まぁ、ミステリー小説のほとんどは無理のある殺害方法などが多いので、気にするだけ無駄では、とも思ってしまいますが。彼女は好奇心旺盛なので、そういうところも気になって仕方がないのでしょう。
「はー、でもやっぱりミステリーは苦手。頭たくさん使わなきゃいけないもん。頭使わずぱっと犯人がわかるようなやつないの?」
「犯人を見つけるまでの過程を楽しむのがミステリーの醍醐味じゃないですか。わがまま言わないでください」
「ふゆち厳しい!」
いや私は普通の意見を言っただけですが。
そんな他愛もない会話を交わしていると、またお店のドアが鳴りました。
「でさ〜…」
「えーなにそれ!超ウケる~!!」
入ってきたのは2人組。見るからに男受けを狙っていそうな服装にバチバチのメイク。あの人達は確か…
「あ!ハルとアキだ!」 
____春花(はるか)さんと秋音(あきね)さん。千夏さんのお友達で、よく大学でも一緒にいるところを見かけます。
「……それでは、私はもう行きますね」
「え、2人と喋ってかないの?」
「私は別にあのお二人と仲が良いわけではないので」
「もったいない!2人ともいい子なのに!」
「私みたいなのがいたら場が冷めてしまいますよ」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん!」
あぁ、眩しい。またその笑顔。まるで私がちっぽけな人間に思えてしまうような、その顔。
私に嘘をつかないその顔が好き。
でも、
「私には、無理なんです。だって私は、弱いですから」
私が嘘をつけないその顔が嫌い。
「なにそれ、どういう…」
「では、私はこれで。お金おいときますね」
さぁ、面倒なことになる前にさっさと帰ってしまいましょう。
「あ、ちょっと!!」
そそくさと帰り支度をし、私は逃げるようにその場を去ります。私はきっといつまでも、あの顔に弱いままなのでしょう。







「はぁ…今日も疲れた」
あれから数時間。日は西に傾き始め、茜色の空が街に差し込み始めている時間。あの後私は大学に行き、2コマ講義を受け、お昼を食べてまた2コマ。計4コマもの講義を受講し、無事帰路へとつこうとしている頃でした。千夏さんはというと、授業へは先ほどカフェで見かけたお二人5分ほど遅れて講義に参加していました。全く、流石に呆れます。
そんな彼女は今飲み物を買いに行ったようで、私の3つほど前の席に彼女のお友達であろうお二人が座ってなにやらお話をしているようでした。普段はあまり人の話には興味がないのですが、今回ばかりは違いました。なぜなら、彼女たちの話は、
千夏さんへの、悪口だったのですから。
「まじさ、最近千夏調子乗りすぎじゃね」
「わかるー!なんか自分だけが特別ー、みたいな態度だよね〜」
「あーやっぱ春花もそう思う?」
心底反吐が出ました。大学生、言ってしまえばもう大人である人から、あんな幼稚な言葉が出るなんて。正直、許せませんでした。だって千夏さんは、貴方がたのことをいい子だと言っていたのです。あの、素敵な笑顔で。たまに貴方達の話を私にしてくれる時も、すごく楽しそうだったのに。
あんたらに、千夏さんの何がわかるっていうんだ。
そう、言いたかった。言ってみたかった。でも、言えない。だって、私は弱いから。昔からずっと、人の顔色をうかがって生きてきたから。そういう生き方しか、私はできないから。
ねぇ、千夏さん。私、貴方が話しかけてくれたとき、すごく嬉しかったんです。何読んでるのって、そう笑ってくれた時から、貴方とお友達になりたいって思ってしまったんです。でも、私は弱い。貴方のように、強くはなれない。自分を出すことができない。
千夏さん、私、どうすればいいんですか。目立つことは苦手です。大きな声を出すことも、お洒落をするのも、なにもかも、苦手です。貴方とは、違う。
「ねぇ、冬花さんもそう思うよね?」
「…へ?」
いつの間にか、2人は私の前に立っていました。冷たく、震えてしまうような瞳で、私を射抜きます。
「最近千夏から貴方の話よく聞くの。でもさ、正直言ってうざくない?うるさいしウザいし面倒だし。きっと迷惑してるよね?」
あぁ嫌だ。その目。その顔。その口調。全てに吐き気を覚えてしまう。言い返したい、でも、言えない。私には無理。逆らったら、何されるかわからない。だって、立場が明らかに違う。表舞台に立つ彼女たちと、裏でヒソヒソしてる私。こんなの、やらなくても何されるかなんて___

『やってみなきゃわかんないじゃん!!』

「あ…」
千夏さん…。
ねぇ、千夏さん。私はきっと一生、貴方のようにはなれない気がします。でも、少しでも、貴方と仲良くなりたいです。貴方と本の話がしたいです。だから、
私、貴方を悪く言われること、すごく、嫌なんです。
「ねぇ、どうなの?思うよね?千夏のこと、うざいって」
「……るさい、」
「なに?」
「うるさい、って言ったんです…!」
「は?」
「なんですか、なんなんですか貴方たち。さっきからずっと幼稚なことばかり言って。小学生と同じレベルですよ、それ。いや、きっと小学生のほうがマシなのでしょうね。だってあまりにも会話のレベルが低すぎますもん。貴方たちとくだらないお喋りをするぐらいなら、千夏さんと本のお話をしていたほうがよっぽど楽しいです。千夏さん、貴方達のことも私に話してくださるのですよ」
こんな人たちのことをいい子だと言うぐらいに、千夏さんにとって彼女たちは素敵な人なのでしょうね。
本当に千夏さんは的外れです。本の世界だったらきっと、貴方は仲間に裏切られてしまう系主人公ですよ。
「それなのに貴方達は、そんな千夏さんを侮辱するのですね。千夏さんは、こんな私に笑って話しかけてくれたんですよ。あんたらとは違う、人を見下すような顔は一切しなかった。したとすれば、そうですね、ナンパを撃退したときぐらいです。あんたらなんかよりずっと輝いてるんですよ彼女は。私なんかが釣り合うはずがない。わかってるんですそんなこと、わかってる、けど、でも、」
「私、千夏さんのこと馬鹿にされるのが、どうしてだか死ぬほど悔しいんですよ…!!」 
視界がゆがむ。足元がふらつく。こんなに声を出したのは久しぶりだからなのか、ふらりと体がよろついた。
「って、ちょっと!?」
春花さんの手が伸びる。体の重心が下へと降りていく。
千夏ん、私やりましたよ、やってみましたよ。でも、やっぱり、ダメみたいで…
「はいそこまで」
……え。
体への強い衝撃はない。でも、代わりに後ろで誰かが支えてくれるような感覚がかわりにあった。
「全く…ハルもアキもやりすぎ!私もちょっと心痛んだんですけど!?」
「なん、で、」
貴方が、ここに。
「ふゆち、」
千夏さんの声が耳に響く。
「やればできたじゃん」
そして、とびっきりの笑顔で笑いかけた。
「……はい、できました」
だから、私も精一杯の笑顔を、
……上手く、つくれてるといいな。






全身に心地よい温もり。背中はふわふわとした感触。ここは、一体…
「ん…」
「あ!ふゆち起きた!!」
「え!ホントに!?」
「よかったぁ~…」
「ここは…」
白い天井、まわりにはパーテーション。多分、救護室のような場所なのでしょう。周りには休んでる人は見当たらず、私たちだけしかいないみたいでした。そう、私たち。目の前にいるのは千夏さんと、あと、
「ごめん冬花さん!さっきすっごく最悪なことした!」
「気分悪くしたよね…本当にごめん」
春花さんと、秋音さん。
「いえ…でも、どうして謝罪なんか…」
「ふゆち!あのね!!2人は悪くないの!私が2人に頼んだの!!」
いきなり千夏さんが焦ったように言います。頼んだ、とは一体…?
「その、ね。今日の朝、ふゆち、自分のこと弱いって言ったから…ほかにも、ふゆちすぐ諦めちゃうことあるし。私、そんなのもったいないって思って。だってふゆち、本当にすごいと思うから、だから、」
「ちょ、ちょっと待ってください。話がぐちゃぐちゃで流石になにがなんだか…」
「あー、もう。千夏は黙ってて。私が説明する」
そう言って、春花さんは私の方を向きました。でも、その視線はとても優しく、柔らかいもので。
「貴方がカフェを出てから、千夏が急に言ってきたんだ。私の悪口を言ってほしいって。なんでも、冬花さんのためだって」
「よく聞いてみたら、冬花さんめっちゃすごいのに自分に全く自信なくて、それでいて諦め性だからもったいないって。そこで考えたのがあれ。千夏の悪口言って冬花さんに怒ってもらおうってこと」
「そんな…」
千夏さんを見れば、彼女はバツが悪そうな顔をして俯いていました。あれは、彼女のごめんなさいの顔。
「そう、ですか…私の方こそ、そうとは知らずに言い過ぎてしまって…ごめんなさい」
「いやいや!なんで謝るの!!貴方が謝ることなんてなんもないよ!!」
「そうだよ!顔上げて!ね!?」
「でも…」
「てか、謝るべきは千夏だから!こんなことしといて謝罪の一言もなしですか!?えぇ!?」
「うぐっ…す、すみませんでしたぁぁ!!」
ばっ、と効果音がついてしまいそうなほどの勢いで、千夏さんは頭を下げました。
「いいんです、別に。私のために、してくれたことですもんね」
「ふゆち…!」
「冬花さん甘やかさないで。コイツすぐ調子乗るから」
「ちょっと秋音!タイミング考えて!!」
「……嬉しいです。すごく」
「え?」
「私、昔から地味だとか存在感ないだとか言われてきたので…初めてなんです、千夏さんのような、明るい人に声をかけられるの」
ずっと昔から、自分自身がコンプレックスだった。自分の存在が、周囲の空気を悪くしていると、ずっとそう思ってきたから。でも、千夏さんはそんなことお構い無しに空気を明るくしてくれて、それが、どうしようもなくうれしくて。
「私は、千夏さんのようにお洒落のセンスもなければ、素敵な笑顔を作ることもできません。髪型だって同じだし、正直、千夏さんと釣り合ってる気がしなくて」
「ふゆち、それは…」
「でも、」
「それでも私、千夏さんともっと仲良くなりたいです。もっと本の話をしたいです。だから、」
「これからも、私と友達になってください」
漫画の主人公のようにかっこいいとこはないし、大きな夢を持ってるわけではない。せいぜい少女Cぐらいが妥当な位置。でも、それでも私は、主人公のような貴方と居たいんです。
「なにそれ!あったりまえじゃん!!」
ぱあっと、太陽のような眩しい笑顔。私にはないその笑顔が、私を見つけてくれた。そこら辺にいる、モブ役の私を。
「ていうか、私とふゆちが釣り合ってないとかありえないし!!むしろ相性抜群ばっちぐーって感じだし!!」
相性抜群ばっちぐー…???
「いや、冬花さんにはもっと落ち着いててゆったりした人のほうが合うんじゃない?」
「そうそう。私みたいな」
「ハル!?なにそれ!そしてアキ!ふゆちは渡さないからね!!」
「ていうか何でふゆちなの?名前にふゆって入ってないよね?」
「漢字が冬だからいいかなって!それにさ、ふゆちのほうが四人で集まったときいいじゃん!はる、なつ、あき、ふゆ、全部揃うんだよ!?」
「あぁ、確かに」
「千夏のくせにいいアイディアじゃん」
「……えっと…」
目の前で繰り広げられる明るい会話に置いてけぼりを食らってしまう。正直半分は何を言っているのか理解ができません。いや、まぁ多分一生理解することはないのでしょうけど。
「わー!ごめんねふゆち!!」
「いや、別に…」
「あーあ、千夏がふゆちいじめたー」
「いけないんだー」
「ちがっ…ていうかなにしれっとふゆち呼びしてんの!?」
「だって私達も仲良くなりたいし。ね、いいよね、ふゆち」
「え、あ、あの…」
「ふゆち、この後、ご飯行こ、ご飯。美味しいとこ知ってんだー」
「お気持ちは嬉しいのですが…」
「いいのですか?私なんかが行っても楽しくないですよ?」
「あー!またふゆち自分下げてる!そういうのいくない!」
「で、ですが…」
「ていうか、ふゆちなんで同い年なのに敬語なのさ。タメ使ってよ、タメ!」
「で、でも、」
「いいから。あ、あと私たちのこと呼び捨てで!」
「呼び捨て!?」
ハードルが高いっ!!
「ほらほらー、はやくー」
「いや、でも、」
「私もふゆちのタメ呼び捨て聞きたいなー」
「千夏さんまでっ!!」
どうやら覚悟を決めないといけないらしい私は、ついに深呼吸を一つしました。そして、
「はるか、と、あきね、さ、じゃない、あきね、と、」
「……ちなつ」
「……さん」
「ちょっっとぉぉぉ!?おかしくない!?ねぇおかしくない!?」
「あっはは!ふゆちナイス!超おもろい!!」
「ふゆち、ご飯は!?ご飯!」
「あ、ぃきた、い、」
「じゃあ行こうすぐ行こう!走るよ!!」
「えぇ!?ちょっと!!」
布団から無理やり起こされ、手を引かれる。慌てて靴を履けば、彼女達は全員笑って待っててくれた。
「ふゆち、これからもよろしくね!」
「…うん、よろしく!」
いつか私も、貴方達と肩を並べても自信が持てるように。
「……あ、そうだ、ふゆち」
不意に、前を歩いていた千夏さんが振り返ります。
「今のふゆちもの笑顔も、超最高!!!」
ぱちん、と指を鳴らし、彼女はとびっきりの笑顔で言った。
「…はい!!」
あ、また敬語。クセはすぐには直せないみたいです。
でもいつか、絶対に直してみせますよ。きっと。





日曜日。前だったらなにもない、ただの休日。でも今の私にとっては、ずっずっと大切な時間。
私の日曜日は、まだ続く。