灼熱の太陽が照りつける正午、ピリリとビニールを破る音がコンビニ前に響き渡る。
「はぁ、スーッとするー……」
「一度食べたらはまりそうだな、これ……」
 由紀と拓海は2人並んで、チョコミントアイスを頬張っていた。
 今日は一学期の最終日。授業は終業式とホームルームの二時限だけで終了し、由紀は拓海に誘われていつかのコンビニにやってきたのだ。
 ちなみに今日は、コンビニを出た時点で由紀は拓海からヘアクリップを借りていた。お陰でアイスが髪に付くこともないし、太陽の光も拓海の姿も、綺麗に視界へ映っている。
 由紀はちびちびアイスをかじりながら、終業式のことを思い返した。
「校長先生の話長かったねぇ」
「なー、俺も足が限界だった。けどお陰でようやく夏休みだな!」
「ねー。まあ特に予定も……」
 言いかけたところで、由紀は一度言葉を止めた。
 確かに夏休みは家族旅行の予定もなければ、祖父母が近所に住んでいるためお盆に実家へ帰る必要もない。けれども今は『友達』がすぐ側にいる。
「拓海くん。よければ……遊んでくれたりする?」
 彼は軽く目を開くと、取れそうなくらいに首を縦に振る。
「当たり前だろ! 夏はいっぱいやることがあるからな。夏祭りに、花火大会に、プールに、海に、勉強合宿」
「最後のはいらないかな」
「へー、宿題一人でできるんだ?」
「う」
 痛いところを突かれて、思わず胸を手で押さえた。
 拓海はそんな由紀を眺めて頬を緩める。
「でも、声かけてくれて嬉しいよ。会えなかったら由紀不足で死んじゃうかもだからさ」
「ま、またまたそんなぁ……」
 心なしか更に暑くなった気がして、由紀はぱたぱたと手で顔を仰ぎながら目を逸らした。
 最近の由紀はどこかおかしかった。拓海がちょっとしたことを言う度になぜだかその顔がやたらとキラキラして見え、胸がドキドキして身体が爆発しそうになるのだ。
 確かに拓海の笑顔は太陽みたいに眩しいし、以前は自分も直接みることができない程だったが、今のそれはこれまでのものとはまた違う気がした。
 そんな由紀の状態を知ってか知らずか、いつの間にかアイスを食べきっていた拓海は、スマホを取り出しいたずらっぽく笑った。
「そうだ、写真撮らない? 一学期、無事終了した記念にさ」
 照れの冷めない由紀はしばらく躊躇っていたものの、最終的に拓海の笑顔に負けてしまった。
「い、いいよ。撮ろう」
「よし!」
 由紀の返答を聞いた彼は、いそいそとカメラを自撮りモードにして前に掲げた。
「ほら由紀、こっち寄って」
 言われるがままに、由紀は少しだけ拓海に近づいていた。とはいえツーショットなんてリアルでは初めてで、どう映ればいいのか分からない。
 戸惑っていると、拓海にぐいと肩を抱き寄せられた。
「~~っ!?!?」
「もっとくっつかないと、写らないって」
 拓海は平然と笑っているが、由紀は顔が燃えるように熱かった。
 肩と肩、頭と頭がくっついている様子を、スマホの画面で見せつけられ、無心でいることなど由紀にはできない。
 薄いシャツ越しに、拓海の引き締まった身体の触感と熱が伝わってくる。触れあった部分がやたらと熱い。こんなのは変だ。自分と拓海はまだ『友達』のはずなのに。
「ポーズ、何にする?」
「えと、ぴ、ピースで?」
「ははは、セピスカの時と同じだな」
 拓海の合図でピースサインをし、ぎこちないながらも笑みを浮かべる。3秒後にシャッターが下り、一学期終了記念の写真ができあがった。由紀がリアルで誰かと撮った、初めてのツーショットだ。
「写真送るから、レインの連絡先教えて」
「は、はい」
 メッセージアプリを立ち上げて連絡先を交換すると、すぐに通知音が鳴り写真が送られてきた。構図はほとんどセピスカで撮った写真と同じ。しかし今度は、写っているのが自分たちだ。ぴったり寄り添い合った姿を見て、胸の鼓動が更に早まる。
「はは。これで由紀とのツーショットと連絡先、両方ゲットだ」
「は、謀られた……」
「計画的と言ってくれ」
 恥ずかしさのあまり拓海を睨んだが、彼はぺろりと舌を出しただけだった。
 なので由紀は追求をやめ、残りのアイスを食べながら心の中をもやつかせた。
 どうしてこんなにも、拓海の行動に振り回されるのだろう。拓海はいつだって普通なのに、自分だけが心をぐちゃぐちゃにさせている。感情がコントロールできないなんて、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
「由紀……?」
 不安が表に出ていたのか、拓海が心配そうに声をかけようとする。
 だがそのとき、別の場所から声が聞こえた。
「ありゃ、拓海っちじゃん」
「萩尾くん、桜澤くん……」
 顔を上げると、荻野と桜澤がコンビニの駐車場の向こうに立っていた。
「そこで何して……っていうか隣にいるの由紀ちゃん!?」
 ひらひらと手を振りながら近づいてきた萩尾は、由紀の顔を見て驚愕した。隣にいる桜澤も、目を大きく見開いている。
 どうしてそんな反応をされるのだろうかと考えて、髪をヘアクリップで止めていることを思い出した。一気に血の気が引いていき、慌てて髪を元に戻そうとする。
 だがそのとき、萩尾に手をつかまれた。
「なんで隠すのさ、きれーな目なのに。なあ、せなせな」
「ああ。顔なんて元々人それぞれだ、気にすることはない」
「え……ほんと?」
 2人とも、拓海と同じくすんなり受け入れてくれたことに驚いた。
 幻聴ではないかと疑ったが、どれだけ見ても萩尾と桜澤は嫌悪感ひとつ浮かべなかった。
 もしかするとずっと手を伸ばしていなかっただけで、意外にも世界は自分を受け入れてくれるのかもしれない。そう思うと心が軽くなる。
「ありがとう、みんな」
 由紀はふわりと頬を緩ませた。
 こんな風に考えることができるようになったのも、きっと全部拓海のお陰だ。梅雨のあの日に彼が声をかけてくれたから、自分の世界はここまで広がった。
 拓海に目を向けると、彼はにっこり微笑んでくれた。その表情に、胸がとくりと動く。
 そんな2人の様子を見比べながら、萩尾はにまにま口角を上げる。
「えっ。もしやお二人さん、ついに……」
「違う、俺たちは『友達』だ。だから余計なことを言うな」
「ええ~?」
「なんだと?」
 即座に拓海が切り返し、萩尾と桜澤が頓狂な声を上げた。
「嘘でしょ、あんな可愛い顔しといて……?」
「未経験なら仕方ないのかもしれないが、さすがに哀れになってきたな……」
 彼らはこそこそささやきながら拓海と由紀を見比べた後、示し合わせるようにうなずき合う。そして萩尾が、ビシッと拓海を指さした。
「こうなったら荒療治だ! せなせな、拓海っちを確保ぉ!」
「了解」
「はっ? ちょ――んぐぐ」
 桜澤は拓海を後ろから羽交い締めにし、口を手のひらで押さえてしまった。突然の展開に混乱している由紀の側へ、萩尾がひょっこり寄ってきた。もごもご何かを叫んでいる拓海をよそに、萩尾は由紀へ問いかける。
「由紀ちゃん、拓海っちは友達?」
「友達、だけど……」
「うんうん、そっかあ」
 躊躇いがちに答えると、彼はうむうむ頷いた。そして由紀の顎をくいとすくい上げ、目と鼻の先まで顔を近づけてきてにっこり笑う。
「だったら、オレとせなせなとも友達になってよ」
「へっ?」
「んんんん――!!!!」
 由紀は間抜けな声を上げ、拓海は拘束されたまま叫び声を上げる。
 けれども萩尾は全てを無視し、由紀に答えを促した。
「ね、どう? 拓海と同じ『友達』にしてくれる?」
「拓海くんと、同じ……」
 すぐ側にある萩尾の顔を、由紀はじっと見つめていた。
 萩尾も桜澤も、友達になってくれるなら願ってもないことだ。せっかく話せるようになったのだし、これからも仲良くしたい。
 けれども拓海と同じにできるだろうか。だってこんな近くに萩尾の顔があっても、心臓はいつも通り静かなままなのに。
 いや、そもそも友達とは――一緒にいて胸が騒ぐものだっただろうか?
 その答えに気づいた時、萩尾はそっと由紀を解放する。
「分かった?」
「うん、ありがとう」
 心が次第に晴れていく気がした。胸の高鳴りの理由も、感情がコントロールできなかった理由も、全てが一つの答えに繋がっていく。
 気づかせてくれた萩尾と桜澤を交互に見て、由紀はにこりと笑った。
「僕、なるよ。萩尾くんと桜澤くんの友達に」
「ゆ、由紀っ!?!?」
「ほんと~? やったぁ~!」
「これからよろしくな、冬野」
 萩尾と桜澤は嬉しそうに笑ってくれた。対照的に、拓海はひどくショックを受けた顔で、地面にへたりこんでいる。
「ゆ、由紀……俺だって、ようやく友達になれたばかりなのに……」
「大丈夫だよ、拓海くん」
 既に桜澤から解放されていた彼の元へ、由紀はゆっくり歩いていった。そしていつかの拓海がしてくれていたように、彼と目線を合わせる。その頬はほんのり赤らんでいた。
「拓海くんはもう、友達よりも上だから」
 夏空色の瞳には、まぶしい太陽が映っていた。