低身長だからか、不本意ながら周りが気づかないことによく気づく。
 梅雨が開け、日差しに鋭さが増したある日の午後。五時限目が終わった後の教室で、由紀はため息をつきながら、陽キャ集団の中にいる金髪陽キャの後ろへ前髪を抑えながら近づいた。
「だからさー、オレは言ったのよ。そんなに気になるんだったら普通に話せばいいって」
「あのー、萩尾くん」
「でもあいつ、怖がられそう、とか、中途半端じゃ嫌われるーとか言うんだよ」
「萩尾くーん……」
「一ヶ月間ほとんど寝ずにめちゃめちゃスマホいじってたんだと。だからこの前隈やばかったんだってさ!」
「…………はぁ」
 いつも通り、声は届かず。これだから高身長陽キャは嫌なのだ。
 由紀は声をかけるのを諦めて肩を落とし、右手の電車の定期券ケースを眺める。それは先ほど、金髪陽キャが落としたものだった。
 身長が低く地面の様子が見えやすいのか、由紀は街中でも学校でも人の落とし物に気づくことがよくあった。それ自体問題ないのだが、目の前で落としものをされ、本人がそれにに気づかない場合は面倒だ。なにせ渡そうと声をかけても九割方相手に気づいて貰えないのだから。かといって無視することは由紀にはできず、毎回拾ってしまう。
「まあいっか、机の上に置いておこう……」
 ため息をつきながら、持ち主である萩尾の机へノートを置く。
 そのとき、すぐ近くに人の気配を感じた。
「あれ、修平の机でなにしてるんだ?」
 顔を上げると、拓海が立っていた。他の陽キャが気づかなかったはずの自分を、彼は首をかしげて見つめている。
「その、萩尾くんが定期ケース、落としたみたいで」
「修平ならそこにいるけど。普通に渡したら?」
「いやでも、忙しそうだし……」
「……まさか、声かけたのに無視された?」
 由紀が目線を泳がせると、何かを察したのか夏川の声が低くなる。
 そして陽キャ集団に向かい、爽やかな彼には似合わぬ大声を上げた。
「おい修平!」
「うわっ、なんだよ拓海っち」
 先ほど声をかけた金髪陽キャ――萩尾(はぎお)修平(しゅうへい)が、飛び上がって振り向いてきた拓海は腰に手を当てながら、荻野をにらみつける。
「お前、由紀に声かけられただろ」
「へっ? えっ? ――あ!!」
 萩尾はようやく由紀の存在に気づいたらしく、顔を青くした。
「ほら、行っておいで」
 拓海に背中を押され、由紀は荻野の方へ足を踏み出す。
「こ、これ、落としてたよ」
「うわ~、ありがと! ほんとごめんな、全然気づかなくて~!」
 萩尾は泣き真似のようなオーバリアクションで何度も由紀にぺこぺこ頭を下げ、定期を受け取ってくれた。
 萩尾が再び陽キャ集団の中へ戻っていくと、由紀は拓海の方を振り返る。
「……ありがと、拓海くん。よく僕に気づいたよね」
 積極的に声をかけてきただけでなく、由紀の存在に気付くなんて。そんな陽キャが存在したのか。
 驚きながら見つめていると、拓海はにかっといつもの太陽のような笑みを浮かべる。
「当たり前だろ。気づくって、いつでも」
「……?」
 その言い方が、やけに引っかかる。
 過去に彼との間に何かあっただろうかと考え始めたそのとき、教室の扉ががらりと開いた。
「はい、授業始めるから座ってー」
 六限目にある化学の先生が入ってきて、由紀は慌てて席に戻る。そしてそのまま、疑問自体を忘れてしまった。