「そのダンジョン、手伝おうか?」
 ざあざあと雨が降る梅雨の昼休み。1年3組の教室で怠惰にスマホゲームに耽っていた冬野(ふゆの)由紀(ゆき)は、リアルで聞いたことのない誘い文句に耳を疑った。
「それセピスカだろ。よければマルチしようか。なんか苦戦してるっぽいし」
 恐る恐るスマホ画面から顔を上げ、伸びきった前髪の間から正面を見る。いつの間にか前の席には、高身長のイケメンが目線を合わせるようにして座っていた。どうやら誘ってきたのは彼らしく、由紀は警戒して前髪を手で押さえる。
「な、夏川くん? セピスカ、やってるの……?」
「やってるやってる」
 夏川(なつかわ)拓海(たくみ)。185を超える高身長で、爽やかな笑顔が似合う好青年。おまけに成績もいいらしく、入学式当日から一年の間で人気者になっている陽キャだ。ここが男子校でなければ、確実に女子が黙ってないだろう。身長が160にも満たないチビで、前髪が長く存在感も薄い陰キャの自分とは、正反対の人間である。 
 そんな陽キャ代表の夏川が、ゲームをする姿など想像できない。
 セピスカ――「セピアスカイ・ファンタジー」は、オープンワールドのスマホアクションゲームだが、陽キャのプレイ人口は多くない。いたとしても大半はライトユーザーだ。彼らと同レベルの実力程度では、自分を助けることはできないだろう。
 そもそも由紀は紆余曲折あり、陽キャも背の高い人間も大嫌いだった。だからこそ嫌いな属性ダブルビンゴの夏川を、すぐに信じることはできない。
「ほんとだってば。これ見てよ」
 疑っていることに気づかれたのか、彼はスマホで自分のセピスカのアカウントを見せてくる。渋々画面を確認した由紀は、直後にあんぐりと口を開いた。
「これは……!」
 ユーザーランクはカンスト。所持キャラは全員、ほぼ最大値まで育成済み。もちろんストーリーも全解放。その他諸々やり込んだ痕跡が見え隠れしている。どう見てもライトユーザーのアカウントではなかった。
「が、ガチ勢だ……」
「お褒めにあずかり光栄です」
 驚きで言葉を失う由紀に、夏川は自慢げに胸を張った。
 訂正しよう、彼はゲーマーだ。由紀の心がほんの少しだけ心が和らぐ。
 確かに夏川の言うとおり、ちょうどダンジョン攻略に行き詰まっていた。彼と一緒ならきっと、簡単にクリアできるだろう。
「じ、じゃあ、よろしくお願いします……」
「よしきた」
 提案を呑むと、すぐさま夏川がマルチプレイの申請を出してきた。承認すると数秒遅れてゲーム画面上に騎士のキャラが現れる。夏川が使っているキャラらしい。
 由紀は自分が使う魔女のキャラを操作して、夏川と共にダンジョンへの挑戦を開始した。
 2人は進むごとに現れる数々のモンスターを協力しながら倒して行く。
「はい、強化しとくね!」
「サンキュ。あ、後ろに敵いるから気をつけろよ」
「うわっ、ほんとだ。危ない危ない」
 気付けば由紀は夏川が高身長陽キャであることも忘れ、オンラインのゲーム友達――ゲー友とプレイする時のように夢中になってプレイしていた。
 そして最奥。何度も到達しては負け続けた、ラスボスの部屋にたどり着く。
「よし、必殺技打てるようになった。由紀、バフよろしく!」
「了解ー!」
 由紀のスキルが打ち終わるのを見計らい、夏川が必殺技のボタンを押す。タイミングは完璧だ。
「「いっけぇええ!」」
 周りの目もはばからず、2人で画面を見ながら声を上げる。
 由紀の強化を山のように受けた夏川の攻撃は、見事に敵を撃破した。
「や、やったぁ!」
「いえーい、クリアおめでとな!」
 画面に浮かぶクリアの文字を見て、思わず夏川とハイタッチを交わす。
 ――と、そこで我に返り、慌てて気を引き締めた。ついつい素が出てしまったが、相手は大嫌いな高身長陽キャだ。そう簡単に気を許していい相手ではない。
「と、とりあえず、ありがと。お陰で先に進めるよ」
「いーえ、こちらこそ。お役に立ててよかったです」
 ぎこちなくも感謝を述べると、夏川は白い歯を見せて笑った。太陽のような笑顔を向けられて、目を細めずにはいられない。日陰者の自分には、まぶしすぎて目の毒だ。
 ともかく目的を終えたのでマルチプレイを終了すると、フレンド一覧に新しく夏川のアカウントが追加されていた。ユーザー名の欄には「タクミ」と書かれている。
「珍しい、本名そのまま使うなんて」
「えっ……そうか?」
「僕の周りはみんなニックネームだけど」
 かっこよさ、身バレ防止。その他諸々理由はあるが、オンラインのゲー友はほとんどユーザー名にニックネームを使っている。本名を使うのは完全なるゲーム初心者くらいだ。
 とはいえ自分もゲー友も、結局のところ陰キャである。陽キャの思考回路は理解できそうにもないし、余計なことを言って気分を害したくはない。
「ま、まあ、本名だとわかりやすくていいよね」
「そっ、そうなんだよ」
 軽く流すと、夏川はぎこちないながらも笑みを浮かべた。
 心の中でほっと息をつき、由紀は改めてフレンド一覧を眺める。思えばリアルの知り合いとゲー友になったのは初めてなことを思い出しなんだかくすぐったくなってきた。
「えと……ありがと、夏川くん」
 だが夏川は、ふてくされたように口をとがらせた。
「その呼び方やだ。拓海って呼んでくれよ。同学年の奴に名字で呼ばれるの、好きじゃない」
「ええー……」
 ゲームで意気投合したとはいえ、学年の人気者を下の名前で呼び捨てにするのはハードルが高い。悩んだ末に、由紀は妥協案を繰り出した。
「じゃあ、『拓海くん』は?」
「まあ、それでいっか」
 夏川――いや拓海は、満足げに微笑んだ。相変わらずまぶしい笑顔だったが、先ほどよりも見慣れた気がする。
 そのとき、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。
「っと授業が始まる。それじゃ由紀、またゲームしような」
「う、うん。またね、拓海くん」
 自席に戻っていった拓海は、周囲の陽キャたちと何やら楽しそうに笑っている。
 その姿を、由紀はじっと見つめつづけた。どきどきやらそわそわやら、言いようのない感情が沸き起こっている。
 なにせ学校でまともに他人と話したのは、久々だったのだから。