「ごめんね、来て早々呼び出しちゃって」
「いえ、大丈夫です」
それで話ってなんですか?と聞くと、彩芽はゆっくりと口を開いた。
「えっと、さ…。心菜ちゃん、最近はよくここに来てくれるでしょ。それは嬉しいし、子どもたちも喜ぶからいいんだけど、どうして学校に行かないでここに来てるのかなって思って…」
彩芽が言う通り、心菜は学校に行っていない。いわゆる不登校というやつである。
なんだそんなことか、と拍子抜けしたが、そうは言わずに答える
「特に理由はないですよ。学校に行くのがなんとなく面倒なだけです」
本当にそれだけだった。心菜は面倒なことには関わりたくない主義なので、面倒だと思う学校には行かなくなった。
「そっか。じゃあさ、ここに来てくれてる理由を聞いてもいいかな?」
「家で1人でいるより外に出たほうがいいと思うし、彩芽さんと話すの楽しいし…」
彼女は訳あって家では1人で暮らしているので、1日中そこで過ごすのは退屈なのである。
家に誰もいない理由を挙げるとするならば、両親が交通事故に遭ってしまい、今はもういないということだろうか。だが、それは心菜が3、4歳の頃であるし、彼女は両親のことを覚えてはいない。まぁ、彼女はそんなことに興味がないだろうが。
それと、心菜には2歳年下の妹である梨々菜(りりな)がいるのだが、この妹がかなりの問題児なのである。
まだ中学2年生の14歳という幼い年頃でありながら、髪は明るい金髪に染め上げられ、私服はヘヴィメタ系のバンドマンやヤンキー系のギャル達が着ているような派手な服、耳のピアスが何個も開いているのはもちろん、舌ピアスもへそピアスも開いている。
見た目だけでなく、性格もなかなかの(わる)なのだ。
家には帰らずに繁華街やらホテルやら何歳上かもわからない彼氏の家やらを練り歩いて生活している。それに、当然というべきか、一緒にいる男もしょっちゅう変わる。
彼女もまた学校にはほぼ行っておらず、行くとしても大遅刻は当たり前である。しかも授業は全くと言っていいほど聞いておらず、成績はもちろんほぼオール1である。
…まぁ、両親がいないという状況でそんな生活の妹がいれば、心菜も色々と面倒に感じるようにはなるだろう。
心菜の返答を皮切りに長い沈黙が続いていたが、ようやく彩芽が再びゆっくりと口を開いた。
「心菜ちゃんも、色々考えてたんだよね。私も一時期学校を休みがちだったからわかるよ。でも、少しは学校に行くことも考えてみていいんじゃないかな?」
心菜はその言い方が気に入らなかったのだろうか。それとも、自分の考え方を否定されたように感じて怒りが抑えられなくなったのだろうか。
「なんでわかってくれないの…。もういいです、ここにはもう来ません」
とだけ言い、無言で会議室を出ていってしまった。
「あっ…。気持ちを考えてあげられなくてごめんね、心菜ちゃん…。」
彩芽が悲しげに呟いたその小さな言葉は、きっと彼女には届かなかったであろう。