翌日のクリスマスイブは終業式だけで、昼前に学校が終わった。一旦寮に戻って着替え、瀬戸くんと映画館に向かう。
 街に出ると店先の飾りつけに目がいった。平日だというのに、街中は人で賑わっている。そしてカップルの姿が多い。
「すごい人だね」
「……ああ」
 瀬戸くんはうんざりしたように返事をする。
「やっぱり、寮でゆっくりする方が良かったんじゃ……」
「別に嫌とは言ってねえよ。ただ、あんまり人混みは好きじゃねえだけだ」
 瀬戸くんは不機嫌そうだ。僕は慌てて話題を変えた。
「そ、そう言えば、今日見る映画のこと教えてなかったよね。これなんだけど」
 事前に佐伯くんから聞いておいたタイトルで検索し、スマホを見せる。すると瀬戸くんの表情は更に渋くなった。
「……これかよ」
「えっ、嫌いだった?」
「好きとか嫌いとか以前に、お前さ……一緒に見るのが誰だか分かってんのか?」
 呆れたように言う瀬戸くんに、僕は首を傾げる。
「瀬戸くんと見るんだけど……?」
「こんなん、男二人で見るもんじゃねえだろ」
「でもこれ今すごく人気があって、えっと……めっちゃ泣けるってバズってるんだって」
「お前SNSやってねえだろ、誰の受け売りだよ」
 佐伯くんの言葉をそのまま伝えると、瀬戸くんは深くため息をついた。
「他に何かねえのかよ」
「えっ、えっと……じゃあこれは……あ、満席だった。じゃあこっち……ダメだ、時間が合わない……」
「はあ……もういい、それで」
「でも嫌なんだよね? 無理しなくても……」
「別にいい、早く行くぞ」
 瀬戸くんは早足で歩き出した。
 うーん、出だしから躓いてしまった……。


 その後、ショッピングモール内にある映画館に入った。上映が始まると瀬戸くんはポップコーンを食べながらまっすぐスクリーンを眺めていた。僕も同じようにキャラメル味のポップコーンを口に運び、映画を楽しむ。主演の人、すごくイケメンだ。ちょっと瀬戸くんに似てるかも。
 そもそも瀬戸くんは結構目鼻立ちが整っている。少し目つきは鋭いけれど、笑うと雰囲気が柔らかくなる。みんなの前でももっと笑顔になればモテるんじゃないだろうか。
 途中でちらと隣を見ると、瀬戸くんは案外真剣な表情で画面を見つめていた。てっきり退屈で居眠りでもしてしまうんじゃないかと思ったのに。その横顔がやけに格好よく見えて、急いで視線を逸らし、残りのポップコーンを一気に頬張った。
 スクリーンの中では主人公とヒロインが海辺の道をデートしている。難病で余命幾ばくもないヒロインが外に出られるのはこれが最後、という涙を誘うストーリーだ。
 佐伯くんがクリスマスデートにこの映画を選んだ理由が分かった。そして、瀬戸くんが渋った理由も。
 クリスマスイブに二人で恋愛映画を見るなんて、まるで恋人同士みたいだ。
 今更そんなことに気づいたのだ。意識し始めると急に落ち着かない気持ちになる。瀬戸くんはこんな風に誰かとデートしたことあるのかな。
 どうして瀬戸くんのことばかり考えてしまうんだろう。友達だから? でも佐伯くんのことはこんなに考えないし、今までの誰とも違う感覚だ。

 もしかしたら、僕は瀬戸くんのこと――。

 その時、場内が明るくなった。物思いに耽っていたらクライマックスを見逃してしまった。
 瀬戸くんは両腕を伸ばしてストレッチしながら僕の方を向いた。
「面白かったか?」
「あ、うん。面白かったね」
「……どうした? 元気ねえな」
「いや、ちょっと考え事してて……」
 まさか君のことをずっと考えていたとは言えない。
「お前が見たいって言ったんだからちゃんと見ろよ」
「うう……ごめん」
「……まあいいか。それより飯食おうぜ」
 夕飯にはまだ少し早いけれど、映画館を出て適当に目についたイタリアンレストランに入ることにした。窓際のテーブルに案内され、メニューを広げる。どれも美味しそうだ。注文を終えて、先程からの疑問を思いきって尋ねてみることにした。
「瀬戸くんって、誰かと付き合ったことある?」
「なんだよ、いきなり」
「いや、気になって……ほら、さっき恋愛映画見たばっかりだし」
「そういうお前は……まあ、聞かなくても分かるか。お前、モテなさそうだし」
「ひど! そこまで言わなくていいじゃん! それに一回告白されたことあるよ」
「マジか。いつの話だよ」
「中二の時、同じクラスの女の子から。でも、その後すぐ僕が転校しちゃったから何もなかったけど」
「ふーん……」
「あ、もしかして嫉妬してる?」
 冗談めかして言うと、瀬戸くんはむっと眉を寄せた。
「するかよ馬鹿。つーか誰にだよ」
「ごめん、怒った?」
「怒ってねえよ」
 そう言いながらも不機嫌そうな顔をしている。
「で、瀬戸くんは彼女いたことあるの? ないの?」
「うるせえなぁ……」
 そんな話をしていたら料理が運ばれてきた。結局、瀬戸くんの恋愛歴については聞けなかった。


 食事を終え、店を後にすると、すっかり暗くなっていた。空には星が瞬いている。そろそろ帰らないと門限になってしまうけれど、もう少しだけ寄り道したかった。
「最後にイルミネーション見ていこうよ」
 ショッピングモールの外の広場に行くと、そこかしこに電飾が施されていてとても綺麗だった。中央には大きなツリーがあり、周りではカップルが写真を撮っている。
「わあ、すごい……」
 思わず感嘆の声を上げる。しばらくイルミネーションに見入っていると、突然手を握られた。驚いて振り返ると瀬戸くんが僕の手を握っていた。
「あの……瀬戸くん?」
「……」
 彼は無言のままだ。繋いだ手に力が込められる。心臓が激しく脈打っていた。
「えっと……」
 どうしたらいいか分からなかったけれど、不思議と嫌ではなかった。むしろ嬉しかった。やがて、瀬戸くんはゆっくりと口を開く。
「今日は楽しかったか?」
「うん、すごく楽しかった。僕、段取り悪くてごめんね」
「いや、別に……気にしてねえから」
 少しの間、沈黙が流れる。
「お前は、どう思ってるか知らねえけど……」
 瀬戸くんがぼそりと言う。
「俺は……お前のこと……」
 言い終わる前に、頬に冷たいものが触れた。天を仰ぐ。
「雪だ」
 ひらりはらりと舞い落ちるそれは、まるで僕達を祝うかのように降り注いでいた。
「ホワイトクリスマスだね……」
 そう言って瀬戸くんの顔を見上げようとした時、突然抱きしめられた。
「好きだ」
 耳元で囁かれたその一言に、胸がどくんと跳ねるのを感じた。
 どういう意図で言っているのか、流石の僕でも分かる。
「悪い……」
 そう言うと、瀬戸くんは体を離した。
「急に変なことして悪かった。もう帰るぞ」
「待って!」
 そのまま歩き出した瀬戸くんの背中に向かって呼びかけ、立ち止まった彼の腕を掴む。
 心臓が壊れそうなほど、うるさく高鳴っていた。映画館で瀬戸くんを意識してしまった時から、もしかしたらという予感はあった。そしてその予感は今、確信に変わった。
「僕も……瀬戸くんのことが好き」
 一瞬、瀬戸くんの動きが止まる。そして、再びこちらを向くと、今度は優しく僕を抱き寄せた。
「それ本当か? 勘違いじゃねえよな」
 至近距離にある顔を見つめながら答える。
「今気づいたばっかりだけど……瀬戸くんと一緒にいるとドキドキするし、もっと一緒にいたいと思う」
 そう言うと、瀬戸くんは僕の顎に手を添えて上を向かせた。徐々に二人の距離が縮まり、唇が触れそうになったその時―――。
――ピピッ。
 スマホのアラーム音が鳴り響いた。ハッとしてお互いに離れる。
「あ、やべ……時間だ」
「うわ、ほんとだ! 帰ろう!」
 慌てて走り出そうとすると、不意に手を握られ、指を絡めるように繋ぎ直された。びっくりして彼を見ると、「急ぐぞ」と言って引っ張られる。僕は黙ってそれに続いた。


 急いだおかげで門限にはギリギリ間に合った。寮に入る前に手を離したが、名残惜しくて堪らなかった。二人で部屋に戻ると、なんだか恥ずかしくてお互い目を合わせられなかった。
 その後は勉強時間を経て、ベッドに入った。しかしなかなか眠れない。隣のベッドにいる瀬戸くんも何度も寝返りを打っている。
「なあ、まだ起きてるか?」
「うん」
「……ちょっとこっち向けよ」
 言われた通りにすると、瀬戸くんもこちらを向いていた。目が合うだけで鼓動が大きくなる。
「あのさ、俺……」
「な、なに……?」
 緊張して思わず身構えてしまう。
「こういうの初めてだから、よくわかんねえんだけど」
「こういうの?」
「だから……付き合うとか、そういうのがだよ」
 瀬戸くんも初めてだったんだ。格好いい彼のことだから、僕よりも経験豊富だろうと思っていた。
 なんだか嬉しくなり、ドキドキしたまま次の言葉を待つ。
「お前のこと、大事にするから。これからよろしくな」
 それだけ言い終えると、瀬戸くんは再び背を向けた。胸が甘くきゅっと痛んで、心地よい苦しさを感じる。
「こちらこそ、よろしくね」
 返事はなかったけれど、僕の気持ちは伝わっていると思う。
 明日からも毎日こうして過ごせたらいいのに。瀬戸くんと、ずっとずっと一緒に。