私に話しかけてきたこの男の人は、鈴木幸樹さんと言うらしく、「株式会社世界交流」という会社に所属している社員らしい。
「この世界とあちらの世界の交流を実現させることで、お互いの世界をよりよくしたいと思っているんです。どうせなら人類全員が幸せな方が良いでしょう?」
彼の言葉はなんだか軽いし、やっぱり怪しい宗教っぽくて胡散臭い。
同意を求める彼の問いかけには「そうですね」と感情を込めずに返事をしておいた。
「泉本さんには、あちらの世界で30日間生活してもらいます。もちろん高校にも通ってもらいます」
「ええ……ちなみに何語を話せばいいんですか?」
「日本語で大丈夫ですよ。授業の進度もこちらの世界と差異はないので、勉強面で困ることはないと思います。その他、この実験の主な条件だけはこちらとなります」
鈴木さんから、一枚のペラペラの用紙を受け取る。そこには、箇条書きで5つの条件が記載されていた。
<世界交流体験を行う上での条件>
① 今いる世界とは別の世界(以後、別世界と呼ぶ)に滞在中、こちらの世界では、あなた (以後、被験者と呼ぶ)の存在および被験者に関する記憶や情報は、全て削除されます。
② 体験終了後にこちらの世界に戻って来ると同時に、こちらの世界の住民に被験者の存在および被験者に関する情報は復活します。
③ 別世界でも同様で、被験者がこちらの世界に戻ってきた時点で、別世界の住民から、被験者の存在および被験者に関する記憶や情報は全て削除されます。
④ 別世界でかかる費用(住居含む)は、弊社が負担します。 (ただし生活費については、極度な無駄遣いは禁止)
⑤ その他、今後の研究に役立てるため、別世界での被験者の行動を把握させていただきます。
要するに、滞在していない世界では、私に関する記憶はその世界にいる人たちから消える、ということか……。
本当にこんなにも都合よく、違う世界を行き来して、そして自分が実在していない世界では自分の存在や記憶が住民の頭の中から消えるのだろうか?
不信感が滲み出ていたのか、鈴木さんは「まあ、最初は信じられないですよね」と前置きをしてから、
「ざっくりとですが、大切な条件はこんな感じです。泉本さんがあちらの世界にいる間は僕もあちらの世界にいるので、何か困ったことがあれば相談してください」
と続けた。
「……わかりました」
「泉本涼音さん」
鈴木さんはフルネームで私の名前を呼ぶと、真っ直ぐ私を見つめ、その後ふわりと笑った。
「もしあちらの世界が気に入ったら、移住することもできます。せっかくの機会なので、楽しんでくださいね」
こうして私の、異世界への”交流体験”が始まった。