「鈴木さん、あの時、私に声をかけてくれて、本当にありがとうございました」
「……断る人もいるんです」
「え?」
下げた頭を上げる。目が合うと、鈴木さんは少年のようにクシャッと笑った。
「別世界へ行きませんか、と誘っても、断る人もいるんです。もちろん怪しいとか胡散臭いとか思って断る人もいますが、断る人のほとんどは、自分の力で現状を変えようとしない人なんです。ただ周りが変わり、自分が楽になることを期待だけする。でも、この世の中、そうそう自分の都合の良いようにばかり現実が変化するわけじゃないですよね。そのことを遅かれ早かれ、みんな気づく。実際、命を絶とうとしていたにもかかわらず断った人は、間も無くしてこの世からいなくなってしまう人が多いです。だから、泉本さん、声をかけた僕じゃなくて、あの時『行く』と決断した自分を褒めて、認めてあげてください」
鈴木さんは一気に話すと、「それじゃ、この後仕事がありますから」と席を立った。
「鈴木さん」
玄関へ向かう後ろ姿に呼びかける。
「……私が希望をしたら、この世界に残れるんですよね?」
正直はっきりとは覚えていない。しかし、別世界へ行くと決めた時、鈴木さんは言ったはずだ。『もし別世界が気に入れば、移住することができる』と。
鈴木さんは振り向かなかった。その態度は、私が何を望んでいるのかも、そしてその望みを快く受け止めていないことも、伝わってきた。
「この世界に残りたい場合、いつ伝えれば良いですか?」
「この世界に残りたいですか?」
振り向いた鈴木さんは、今までのどの時よりも真剣な眼差しをしていた。
その圧に押されて、一瞬だけ黙った隙に、鈴木さんは”いつも通り”に戻った。
「まずはこの世界交流を楽しんでください。今後のことは、この体験が終わった後、改めてお話しましょう」
鈴木さんは私の質問には答えず、人当たりの良い笑顔を見せながら、部屋から出ていった。
