「この後用事があるから」という鈴木さんは、「お茶でも」と冷蔵庫を覗いた私に「こちらの生活はどうですか? 困ったことはないですか?」とダイニングから尋ねた。
「はい、今のところは。学校も楽しいです」
「それはよかった。僕としてはせっかく来てもらったのだから『楽しい』と思ってもらえるほど嬉しいことはないですよ」
グラスにお茶と氷を入れて、ダイニングテーブルに運ぶ。
椅子に座った鈴木さんの前にグラスを差し出すと、鈴木さんは「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
「私、自分のことを”嫌な奴”だと思っていたんです」
一口お茶を飲んで、テーブルの上に置く。
グラスの中で氷がぶつかり、涼やかな音を鳴らした。
「鈴木さんもご存知だと思いますが、私、元の世界で、親友の恋の邪魔をしました。自分にとって、親友の好きな人と関わることは、それほど大きな意味はなかったんです。でも、親友にとっては違った。それをわからずに、親友を傷つけてしまった自分がとても嫌でした。深い意味のない行動で傷つけてしまったからこそ、余計に自分が嫌だったんです。大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、私の何気ない行動で、どれだけたくさんの人を傷つけているのだろうと考えると、生きていくのが怖くなりました」
ゆっくり息を吸うと、憎しみのこもった目で私を見つめる千枝が浮かんだ。
彼女は今、幸せなんだろうか。
私がこちらの世界にいる間、彼女の頭の中からは私の存在は消えているはずで、
私がいない世界で、彼女は楽しく過ごせているのだろうか。
「元の世界で、私も親友に傷付けられました。今でも彼女の言葉を忘れられません。でもそれは自分のせいで、そう思うと、やっぱり自分が腹ただしく、憎くて仕方がない。ずっと自分が嫌いでした」
口に含んだお茶が、冷たさを保ったまま喉を通っていく。グラスを机に置くと、コトン、と小さな音がなった。
正面から鈴木さんを見る。
「この世界に来てからも、自分に優しくしてくれた友達に嫌なことを言ってしまって、自己嫌悪に陥ってしまったことがありました。でも、ある人が言ってくれたです。『その友達は、私が優しいことを知っているから、私に優しくしてくれるんだ』って。きっとその言葉は、これから先ずっと忘れられないと思うし、ずっと私を支えてくれると思います。私、この世界に来られて本当によかった」
鈴木さんの瞳に、柔らかに笑う自分が映る。
元の世界にいる時は、またこんなにも穏やかに笑うことができる日が来るとは思わなかった。
