「そういえば今日、千枝の様子、おかしいよね?」
残すは午前中の授業1つ、という休み時間、トイレに立った私を追いかけてきた佳奈美は、鏡の前で前髪を整えながら首を傾げた。
「やっぱり? 私もそう思うんだよね」
朝挨拶しても元気がなかったんだよ、と付け加えると、佳奈美は「私も微妙な反応された」と困った表情をした。
「陶山と何かあったのかなあ」
「陶山?」
「千枝が凹んだり悩んだりするのって、高確率で恋愛絡みのことでしょ」
「そっか……」
「涼音、心当たりない?」
佳奈美はジッと私を見つめると「実はさ、私、昨日見ちゃったんだよね」と小声で続けた。
蒸し暑いトイレにいて少しだけ汗ばんだ背中に、冷たい何かがゆっくりと伝い落ちていく。
「何を」と問いかけるより前に佳奈美は口を開いた。
「昨日の放課後、校門前で、陶山が山本先輩とかなり親しげに話していたんだよね」
「え?」
「だから、山本先輩。サッカー部のマネージャー。千枝、それ見ちゃったんじゃないかと思うんだよね」
「ああ……」
速くなった鼓動が全く落ち着かない中「そっか」と絞り出すと、佳奈美は私の様子を気にすることなく、「千枝、ずっと山本先輩のこと、気にしてるじゃん? 美人だし、頭良いし」と話を続ける。
「昨日もさー、部活前に『陶山、山本先輩のこと好きなのかな』って心配していたから、もし放課後の様子を見ちゃったのなら、凹んで当然なのかも」
「……そうだね」
「あ、予鈴だ。教室戻ろ」
佳奈美と一緒にトイレを出て、自分の席へつく。
座った瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきて、机から教科書も出さずに机の上に顔を突っ伏した。