「だって狭山だって『無理だ』ってオーラ出してたじゃん。私が推薦しなくても涼音になってたって」
「いや、千枝が推薦しなかったら、そもそも私がピアノを弾くことをみんなに知られることがなかった気がするんだけど?」
「まあまあ」
私の目の前でお弁当を食べていた佳奈美が、苦笑しながらなだめる。
「涼音がピアノ引き受けてくれたことでクラスのみんな感謝してるって。実際ピアノ弾ける人、そんなにいないだろうし」
「そうだよー、しかも指揮者、陶山じゃん。いいなあ、本当は私がピアノやりたかった」
心底羨ましそうに私を見る千枝に、「別に私は陶山のことなんとも思ってないもん」と呆れながら答えた時、ちょうど張本人が「昼休みにごめん」と私たちの元へやってきた。
千枝は一瞬大きく目を見開いた後、「どうしたの?」と柔らかい笑みを彼に向ける。
千枝は陶山のことが好きだった。
「泉本に相談したいことがあって。昼飯食い終わってから、ちょっと時間ない?」
「私?」
時間ならあるけれど。
時間はあるんだけど……。
チラッと千枝を見ると、さきほどとは一転、少しだけ拗ねたような、怒ったような、形容し難い表情をしている。
「えーっと、私、ちょっと」
「いいじゃん」
断ろうとしたのに、遮ったのは千枝だった。
「どうせ食べ終わってからしゃべるだけなんだからさ。陶山の相談、のってあげなよ」
「でも」
「いいよ、陶山。もう少しで食べ終わるから」
千枝は私の代わりに彼に返事をする。
「サンキュー。食べ終わったらきてくれる? あそこにいるから」
陶山は男子たち数人が集まっている場所を指差した後、「ありがとな」と去っていった。