【俺、幼馴染がいたんだ。同い年だったんだけど、そいつには弟がいたからか俺よりもずっとしっかりしていて。同級生とか先生とか、いろんな人から『兄弟みたいだね』って言われて育った】
高橋くんは大きく深呼吸をするとともに、咳き込んだ。
【辛かったら後で聞くから、寝て?】という私のメッセージに、彼は強く首を横に振った。
【幼稚園も小学校も中学校も一緒に通った。中学2年の時に耳が聞こえなくなって、仲良かった友達たちから煙たがられるようになっても、そいつだけはずっと話しかけてくれた。中学3年の時は違うクラスだったんだけど、昼休みは俺の教室に来て、一緒に弁当を食べてくれた。俺、元々は話せたし、ゆっくりだったら口の動きで何を言っているのか大体わかるから、そいつともずっと”声”で会話していたんだ】
高橋くんはここまで送ると、目を伏せた。
【高校は聾学校に進学することになって、そいつとはすっかり会う機会がなくなった。家は近かったけれど、部活がすごく忙しいみたいで、朝早くに行って夜遅くに帰ってきていたみたい。もちろん休日も部活で、元々お互いマメな性格じゃないから、SNSでも用事がある時しか連絡を取り合っていなかった。だから、高校に入ってからは、ほとんど会うことがなかった】
そっと高橋くんを見ると、ギュッと唇を噛んでいる。
いつもの温厚な雰囲気の彼とは違う。けれど、見覚えがある。
……そうだ、初めて高橋くんを見た日だ。
あの時も今と同じように、何か目に見えない敵と戦っているかのように、真剣に、ピリッとした雰囲気でピアノと向き合っていた。
【高校1年生の冬、ちょうど耳が聞こえなくなって2年が経った頃、久しぶりに駅で会った。向こうは友達と一緒だったんだけど、俺、久しぶりに会えたのが嬉しくて、声かけようとした。向こうもわずかだけど『あっ』って表情をしたから、俺に気づいていたと思うんだけど、目を逸らされたんだ】
さっきまで太陽の光の眩しさに目を細めるほど晴天だったのに、いつの間にか降り出した雨が、リビングの窓を激しく叩く。
雨の音だけが響き渡る空間で、ただ続きを待つ。