「その一件で、すっかり阿部くんのこと好きになっちゃったの」

「そりゃ好きになっちゃうよね。そんな王子様みたいな人」

「あ、涼音ちゃん、阿部くんに惚れたらダメだよ?」


『親友の好きな人を奪うとか、最低だね』


友梨ちゃんの冗談めかした言葉が耳に届いた時、一瞬にして、過去に投げつけられた言葉が頭の中に蘇った。

「……人の好きな人、奪いそうに見える?」

「え?」

「私、友達の好きな人、奪いそうに見える?」

「……涼音ちゃん? どうしたの?」

「私、そんなこと、」

顔を上げて友梨ちゃんと目が合う。
彼女の瞳が揺れたのをみて、ハッと我に返った。


「ごめん、私……」

「ううん、私もごめん、冗談が過ぎたよね」

「違うの、私……」

友梨ちゃんが本気で言ったわけじゃないことはわかっていた。

わかっていたけれど……。

「あー、阿部くんのことが好き過ぎて、本気に聞こえちゃったかも」

友梨ちゃんがおどけた言葉で、二人の間に流れたなんとも言えない空気を追い払う。

「阿部くん、ちょっと無愛想だけど、それが逆にクールでかっこいいっていうか。実は女子の中でも『隠れイケメン』って人気だからさ。もう心配で心配で」

「……でも相手が友梨ちゃんだもん。たとえ他の女の子に言い寄られても、阿部くん、きっとなびかないよ」

「そうかなあ。そうだといいんだけど」

その後も、友梨ちゃんは明るくてお喋りで、ずっと普段通りだった。
私が重たい雰囲気を作ったのに、そのことに腹を立てたり不機嫌になるのではなく、その雰囲気を壊して、いつも通りの態度で接してくれた。

心の中ではどう思っていたかはわからないけれど、ただ間違いなく言えることは、この時間は彼女の包容力と明るさに救われたということだった。