「そうだったんだ。それで? 楽しかった?」
友梨ちゃんは両肘をテーブルについて前のめりになった。
「楽しかったよ、とても。でもね、なんていうのかな……もちろん楽しかったんだけど、それ以上に、好きだった。高橋くんと一緒にいる時間が」
「好き?」
「うん。高橋くんといる時間って、とても穏やかなの。正直すごく楽しいとかワクワクするとかじゃなかったんだけど、一緒にお弁当を食べたり海を眺めて話したり、本当になんてことない時間が穏やかで落ち着いていて、居心地がよかったんだ」
上手く言語化できなかったけれど、友梨ちゃんは「ああ、なんとなくわかるかも、その感じ」と頷いた。
「私もね、阿部くんと学校帰りに電車で話したり、ちょっと公園に寄って話したりすると、『幸せだなあ』ってしみじみ思うもん。そんな感じじゃない?」
「そうそう、何か特別なことをしなくても、一緒にいるだけで心地が良いっていうか」
「だよねえ。やっぱりわかるよ、その感じ」
友梨ちゃんは大きく頷いた後、「でも頑張らなきゃね?」と私の顔を覗き込んだ。「何を?」と聞き返すと、友梨ちゃんは何を今更、といった様子で「気になっているんでしょ、高橋くんのこと」と続けた。
「高橋くん、聾学校に行くまでの1ヶ月しか学校にいないんだよ? 転校しちゃう前に仲良くならないと」
「……1ヶ月」
”1ヶ月”という期間が、やたらリアルに感じた。
それはきっと”高橋くん”が1ヶ月しか学校にいないからではなくて、”私”が1ヶ月しかこの世界にいないから。
1ヶ月後、元の世界に戻ったら、もう高橋くんは、私のことを。
「別に、異性として気になっているんじゃないよ。人として気になっているだけ」
何か特別な感情を抱いたって仕方がない。
1ヶ月後には、彼の目の前から、頭の中から、消えてしまうんだから。