【ねえ、いつも何を考えながらピアノを弾いているの?】

【何を、って?】

【何か考えながらピアノを弾いていない?】

高橋くんは私の質問に、わかりやすく眉を寄せた。

確かに抽象的すぎる質問か、と思い直し、別の質問を打ち込んだ。

【高橋くんはどうしてピアノを弾くの?】

質問を見た高橋くんは、ふと画面から視線を逸らした。

少しだけ考えた後、画面に指を走らせる。

【曲の世界に篭れるから、かな】

ためらいながら見せられた文字に、心臓がドクンと大きな音を立てた。
見たくなかったものを偶然見てしまったような、気持ち。

【ピアノを弾いている間は、曲の世界に入り込める。他の人と違うっていうことも忘れられるから】

「高橋くん……」

彼が紡いでいく音は、穏やかで優しくて。

それなのに、高橋くんはそんな悲しい理由でピアノを弾いているの?
生きづらさを忘れるために、ピアノを弾いているの?

そんなの。そんなのって。

何も言えない私に、高橋くんは【ごめん】と謝罪の文字を見せる。

【こんなこと言われても、困っちゃうよね】

弱々しく首を振る。
困ってはいない。困ってはいないのだけれど。

唇を噛んで彼から視線を逸らすと、トントンと肩を叩かれた。

【ピアノ、好きだと言ってくれてありがとう。嬉しかった】

私が頷いたのを見てから、高橋くんは背中を向ける。

「待って!!」

慌てて彼の腕を引っ張る。

振り向いた彼に、両手の指を広げ、「待って」とジェスチャーで伝える。高橋くんは困惑気味に頷いた。