「ほんっとうに視界に入るだけで不愉快なんですけど~」

お昼休み、廊下ですれ違った女子生徒2人は、周囲にいる生徒たちが振り返るほど大きな声で言った後、クスクスとわざとらしく笑う。

「親友の好きな人を横取りしておいて、よく平気な顔で学校に来られるよね~」

「神経図太過ぎて尊敬しちゃう」

誰が、とか、誰を、とかは全く言っていないけれど、全てが自分に向けられた言葉だということは十分すぎるほど理解していた。
そして、その言葉を投げつけている彼女たちがかつては親友だったことを思い出すと、あまりの辛さに、一瞬だけ呼吸の仕方を忘れてしまう。

ああ、どうして慣れないんだろう。
あの日を境に2ヶ月間、胸がえぐられるような言葉をたくさん投げつけられてきた。
そろそろ慣れてもいいのに。
どうして私は未だ、彼女たちが発する言葉に慣れず、傷つけられてしまうんだろう。


新たにできた心の傷を確かに感じながらもう一度歩き出した時、背後から「泉本(いずもと)!」と自分の名前が大きな声で呼ばれた。

陶山(すやま)……」

振り返ると、駆け足で私の元へやってくるクラスメートの陶山と、その奥でこちらをジッと見つめる”元親友たち”が視界に入った。

「どこか行くの?」

陶山はいつも通り爽やかな笑顔を見せる。
クラスの中心的な女子たちから嫌われた私にこんな真っ直ぐで明るい笑顔を見せてくれるのは、きっと彼だけだろう。

「……ちょっとね」

いつも昼休みは、教室の隅にある自分の席で、音楽を聞きながら出来るだけ存在感を消して、黙々とお弁当を食べる。
そしてお弁当を食べ終わると、音楽を聴きながら机に突っ伏してただ昼休みが終わるのを待つ。

ただ、今日は、窓越しに見える空が、あまりにも綺麗だった。
真っ青な空を見ていると、どうしても息苦しい教室を飛び出たい気持ちが抑え切れなくて、行き先も決めずに教室を出た。

そんなこと、わざわざ陶山に話さないけれど。

「そっか、残念。泉本に相談したいことがあったんだけど」

「相談したいこと?」

「うん。飯食いながら話聞いてもらえないかな、って思ってた」

陶山は自分の黒いランチバッグを私の目の前で掲げた。

「……私じゃない方がいいんじゃないかな」

「え?」

「相談する相手。私、相談受けるのとかあんまり得意じゃないし。もっと適任者がいるんじゃないかな」

私の言葉に、陶山は「よくわからない」と言いたそうに、首を傾げた。

「俺、泉本に話したいんだけど」

「……でも」

「迷惑だった?」

「……迷惑じゃないよ」

迷惑じゃない。迷惑だなんて思っていない。こんな状況になっても、何も変わらず接してくれることに、正直とても心が救われる。

それでも、これ以上陶山と話すと。一緒にいると。

「それなら聞いてよ。人助けだと思ってさ。あ、それとも今日、先約あった?」

あまりにも真っ直ぐな彼の笑みに、些細なことでも嘘をつくのは躊躇ってしまう。

まあ、いいか。今更陶山と距離を置いても、きっと彼女たちからの嫌がらせは何も変わらないだろうし。

「ううん。大丈夫」

「よかった。そうだ、中庭で食わねえ? 暑いかもしれないけど、今日久しぶりに晴れたし」

「いいね、ここのところずっと雨だったもんね」

「梅雨ってまだ明けないのかな。もうそろそろ明けてもいいのにな」

突き刺さるような鋭い視線を背中に感じたけれど、気づかないふりをしておいた。