放課後、少しだけ教室で友梨ちゃんとお喋りをした後、音楽室へ向かう。
今日もいるかな。
昨日、盗み聞きみたいなことをしてしまったから、もう学校では弾かないかもしれない。
彼がいる確証を抱けないまま階段を下りていると、かすかにピアノの音が聞こえる。
昨日とは違う曲。
昨日とは違い、譜面で指示されるよりも、ゆっくりな演奏。
けれど、この音は絶対に高橋くんだ。
「素敵な演奏だなあ……」
本来はもっとアップテンポな曲調だけれど、テンポがゆっくりだからか、伸びやかさと丁寧さを感じる。
昨日と同じように、ゆっくりと音楽室のドアをあける。
やっぱり高橋くんは気づかない。
けれど今日は昨日と違って、少し微笑みながら鍵盤と向き合っている。
嬉しいことでもあったのかな。
今日彼が生み出している音は温かくて、誰かに抱きしめられているような安心感を与えてくれる。
音楽室の中に造られた、この穏やかで心地よい世界を壊したくなくて、この世界から出て行きたくなくて、私はただ彼が作り出す音楽の世界にいさせてもらう。
演奏が終わると同時に立ち上がり、座っている彼にゆっくりと近づく。
今日は驚かせないようにしないと。
どう声をかけようか考えていた時、高橋くんがふと後ろを向いた。