きみがいる、この世界で。


「……あちらの世界へ行くと決めた日から24年経った今でも、あの時の決断が正しかったのか、自信を持てずにいる人がいます」

鈴木さんはしゃがんで私と視線を合わせた。その目はとても深くて、私を説得しようとしているのではなく、聞いてほしいと懇願しているようだった。

「その人も、元はこちらの世界の住人でした。ある時、苦しいことが重なって、あなたと同じように命を捨てようとした。その時に世界交流を体験して、あちらの世界で大切な人と出会いました」

鈴木さんの向こうに見える空は不思議な色をしていた。
紺色に染まりつつあるのに、その夜空を彩るかのようにオレンジや金色の雲が浮かんでいる。

鈴木さんはゆっくりと息を吐く。

「体験を通して大切な人と出会えた彼は、彼女と一緒にいることが『生きる希望』となり、あれほど辛かったはずなのに『生きる』ことを選択することにしました。そして体験が終わった後、彼はすぐに、別世界へ行くことに決めた。幸運にも、彼は彼女と再会し、彼女と結ばれました。家庭を持ち、息子も生まれた。とても幸せなはずなのに、それでも心から幸せだと思えない。ふとした瞬間に、どうしても悩んでしまう。あの時の決断は正しかったのか。自分を大切に育ててくれた両親を捨ててまで、こちらの世界へ来てよかったのか」

「……彼女と結ばれてでも、ですか」

「結ばれたから、かもしれませんね。自分も親になって、親の気持ちがわかるようになった。だから、自分も親のそばにいてあげたかった、と強く望むのかもしれません」

鈴木さんは、途方もなく、悲しい目をした。思わず「鈴木さん」と呼びかけると、彼は笑顔を取り繕った。

笑顔を取り戻すまでの一瞬の、なんとも言えない表情を見て、私は気づいてしまった。

「最後に決めるのは泉本さんです。半年経って、それでもどうしてもあちらの世界へ行くと決めたのなら、またここに来てください。僕も来ますから」

鈴木さんはいつも通り人当たりの良い笑みを浮かべると「よいしょ」とおどけながら立ち上がった。


「泉本さん、生きてくださいね」


鈴木さんは背を向けると、空を見上げながらゆっくりと歩き出す。