きみがいる、この世界で。


「終わりました」という鈴木さんの声を合図に目を開ける。目の前にはオレンジ色に染まる海が見えて、九重壁に戻ってきたのだとわかった。

一ヶ月ぶりに見る九重壁の夕日は、泣きたくなるほど美しかった。

「一ヶ月間、本当にお疲れ様でした」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

滞在中、鈴木さんは何かと私のことを気にかけてくれていたことには気づいていた。
困ったことはないか、辛いことはないか、さりげなく私との会話の中で探ってくれていた。
「話を聞いてほしい」と思った時は偶然用事があったように装って部屋まで来てくれたし、慣れない一人暮らしで疲れかけていた時は美味しいお惣菜と栄養ドリンクを差し入れてくれた。
過干渉はしない、でも私が快適に過ごせるようにしてくれた心遣いはとてもありがたかった。
「仕事だから」と言われればそれまでかもしれないけれど、彼のサポートがあるとないのとでは、精神底にも物理的にも、世界交流体験の充実度が全く違っただろう。

「またこちらでの生活が始まりますね」

「鈴木さん」

言葉を重ねて、彼の言葉を遮る。

「あちらの世界に行かせてください」

「泉本さん」

鈴木さんは、ふと視線を逸らす。それから「実は」と切り出した。

「僕は最初、すごく大切なことを言い忘れていました」

「大切なこと?」

「はい。確かに僕は、泉本さんを体験に誘った日、『あちらの世界に移住することができる』と言いました。でも、それは『移住』です。あちらの世界へ移り住むと、二度とこちらの世界へ戻ってこれなくなります」

「……二度と」

「はい。”二度と”」

鈴木さんは微動だにせず私を見つめた。その覚悟があるのか、と問われている気がした。