駅に着くと、スーツケースを持った人で賑わっていた。みんなこれから、高橋くんと一緒で、空港まで行くのだろう。
乗り換えのための改札の前に立つと、高橋くんは「じゃあ」と、伺うように私を見た。
【遠いのにありがとう、来てくれて】
首を横に振る代わりに私はスクールバッグの中から封筒を取り出し、そっと彼に渡す。
首を傾げる彼に、封筒の中を見るように促す。
高橋くんは中に入った紙を見て、「ああ」と微笑んだ。
でも自分の記憶の中にあるものと少し違うからか、その笑顔はどんどんと真顔に近づいていく。
封筒の中に入っていた数枚をじっくり見終えて最初のページに戻ってきた時、彼は目をぱちくりさせた。
そしてこれでもか、と見開いた目で私を見た。
きっとタイトルの隣に書かれた伴奏者の名前で、その譜面が何なのかがわかったのだろう。
【これ、泉本さんの?】
彼の質問に、ゆっくりと頷く。
【前に言ってくれたでしょ。私の演奏を聞いてみたかった、って。ツールを使って譜面に落としておいたから、もしよければ弾いてみて】
今日から一週間後、私は元の世界へ戻ってしまう。それと同時に、彼の記憶の中から私は消えてしまう。
私のことを覚えていて欲しい。私のことを忘れないで欲しい。
無茶な願いだとわかりつつも彼の未来へ何か残したいと願わずにはいられなかった時、急に蘇ったのだ。
【泉本さんのノクターン、聞いてみたかったな……】
私たちを繋いでくれた、ピアノの演奏。
高橋くんが私のことを忘れてしまっても、私の演奏を覚えておいてくれたら、いつか弾いてくれたらーそれがたとえ、誰の演奏だったか彼が忘れてしまってもーそれだけでほんの少し、自分の気持ちが報われる気がした。
だから練習をした。譜面通りじゃない、私の解釈を込めた演奏を何度も弾き込んだ。
連日のように自分の家にやってきてはただピアノを弾き続ける私に嫌な顔ひとつもしなかった友梨ちゃんには感謝の気持ちしかない。
【高橋くん、お願いがあるの】
言っても叶わないことはわかっている。それでも。それでも言いたい。伝えたい。
