きみがいる、この世界で。


プラネタリウムの上映開始が13時からだったので、先に少し早めのランチをすることにした。
二人でお店の名前が書かれているフロアマップを眺める。高橋くんは【何食べたい?】と聞いてくれたけれど、彼の視線は明らかにトンカツ屋さんに釘付けだ。
オムライスとかパスタとか、いわゆる”女の子らしい”メニューを選んだ方がいいのかな、と思いつつ、【お腹減っているからガッツリ食べたいかも。トンカツとか】と答える。
でも、高橋くんは【トンカツにしよう!】とわかりやすく目をキラキラさせたから、きっと今回はこの返事でよかったのだろう。

まだ本格的なランチタイムが始まっていないからかお店は比較的空いていて、すぐに席に案内してもらうことができた。
高橋くんはじっくりと(じっくりすぎるほどじっくりと)悩んでロースカツがメインとなる定食を、私は梅としそが入ったカツがメインとなる定食を注文した。
高橋くんはよほど捨て難いメニューがあったのか、店員さんが注文を取り終わった後もまだ手元にあるメニュー表を見ている。

そんなにも食べたいメニューがあったのなら、私が注文をして半分個ずつすればよかったな。

【どのメニューと迷っていたの?】

私の質問に高橋くんはやっと一度顔をあげてから、いくつかのメニューを指差した。
ヒレカツがメインになったものやこの店自慢のカツ丼、私がたのんだ定食、エビフライやカニクリームコロッケが食べられる定食まで。

【ここのお店、ずっと入ってみたかったんだ。だから色々食べたいものがあって、迷っちゃった】

【そうなんだ。でもこのお店、高橋くんが住んでいる家の最寄駅にもあるよね? 行ったことなかったの?】

よく見かけるチェーン店で、高級なお店なわけでもない。
いかにも一人では入りにくいお店でもなく、現に店内を見渡すと、お客さんの半分は一人で食べにきている。

【このお店、注文を口で伝えないといけないでしょ。俺、できないから】

それならば食べたいメニューを指差せばいいんじゃないかとか、スマートフォンにメニュー名を打って画面を見せたらいいんじゃないか、とか思いつくことはたくさんあった。
実際にそうすれば注文は伝えられるだろうけど、きっと彼の過去の経験の何かが、それを「好ましくないもの」だと判断させていると思い、頭の中に浮かんだ言葉を文字にする前に打ち消した。

その代わり、

【それならまた食べにこよう。次に頼むメニュー、決めておいてね】

喜びの表情を浮かべてくれるかな、と思っていた私の言葉に、高橋くんは目を伏せた。
「何?」と彼の顔を覗き込む。高橋くんは私と視線を合わせてから、スマートフォンを手に取る。
画面に指を滑らせた後、「やっぱり何もない」と言いたそうに、首を弱々しく左右に振った。