崖の先端に立つと、湿気を覆う含んだ生ぬるい風が身体にまとわりついた。
眼下に広がる海は、沈みゆく太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
後一歩踏み出すと海に落ちるというのに、不思議なほど、心も身体も落ち着いている。

落ちたら痛いのかな。
でもいいか。
痛くても、この世界から消えることが出来るのなら。



「この世界とは違う、別の世界に行ってみませんか」


突然聞こえてきた声に、反射的に振り向く。


「誰……?」

先ほどまでは確かに誰もいなかったはずなのに、いつの間にか、スーツを着た男の人が立っている。
お父さんと同じ、40代後半だろうか。
纏っている落ち着いた雰囲気に、どこか親しみを覚えた。

男の人は私の問いかけに答えることなく、微笑みながら言った。



「この宇宙には、もう一つ世界が存在します。その世界を、旅してみませんか?」