小さく輪切りした人参に、慎重に包丁を滑らしていく。

この瞬間はいつも緊張して、知らぬ間に息を止めてしまう。

なんとか花形になったそれを見ては、ふぅ…と安堵の息を零した。



「…まぁ、こんなもんだろ」


律子の花形に比べたら多少は劣るが、なかなか良い出来だと思う。

俺が毎年恒例の年末の鍋を作る係になったのは、いつからだっただろう。もうあまり覚えていないが、多分、三年は経った気がする。


具材を全て入れ終えた鍋はグツグツと煮えたぎり、とてもいい匂いが漂っている。

弱火に調整してからリビングに向かうと、ソファで寝息をたてる愛おしい二人が目に入った。

その光景は、何度見ても奇跡のように煌めいている。


「おい、起きろ。鍋もうすぐ出来るぞ」


だらしなく緩む頬をそのままに、すっかり夢の世界に浸っている二人の肩を軽く揺する。

先に薄らと瞼を持ち上げたのは、娘の方だった。



「ぱぱっ」


宝石のような瞳に俺を映した瞬間、鈴の音のような愛らしい声で俺を呼んだ娘は、がばりと抱きついてきた。

こんなにも幸せな瞬間を、俺は他に知らない。



「拓くん、おはよう」


キャッキャッと騒ぐ娘の声で目を覚ましたらしい律子が、寝ぼけ眼を擦りながら俺に微笑む。

出会った時から変わらず愛くるしさを溢れさせるその笑顔に、たまらずに開いている方の腕で律子を抱き寄せた。




《《%color:#d6d6d6|『でも、私どうしても、私たちの子供を抱っこする拓くんを見てみたいの。…こんなの、エゴだよね』》》



いつだったか、律子が俺に向けた言葉を思い出す。

たとえこの世の全員がそれをエゴだと言おうが、俺はきっと、律子が与えてくれるものは全て、愛だと思うんだろう。


それでいい。それがいい。


そう信じた先に、揺るぎない、“今”がある。









「よし。鍋食うか」



可愛い奥さんと愛おしい娘に囲まれて、今年も年の瀬に鍋をつつく。


その鍋には、今年も変わらず、ひと手間の愛が浮かんでいた。




「ひと手間のエゴ」fin.