「あっちが にしのうち の田んぼ。こっちの二つが おおかみ の田んぼ。これが倫のうちの田んぼ」


 数日前、倫太郎と一緒に歩いた道は今はどこもかしこも陽光に照らされて綺麗だ。

 両脇の水路には微かな水流がチロチロと、わたしの歩く速度と同じくらいの速さで流れていく。
 どの田んぼを見ても落水され背丈の半分にまで育った稲穂は今か今かと収穫を待っている。東を見れば赤い色したコンバインが、西を見れば色とりどりのトラクターが、それを飲み込む黄金の草原が辺り一面に広がっていた。

 私も気を抜けば景色に溶けてしまいそう。時折吹く強い風にいじわるされてスカートの裾を押さえた。




「誰かと思ったら朝倉さんとこの椛ちゃんか」

 通りすぎた風の後を追うように私の名前を呼んだその人は、部落の宴会で見る時より幾分年を重ねているように見えた。

「茂吉おじさんお久しぶりです」

「別嬪さんになったもんだ、昔軽トラの後ろに乗せてやった時はこんなんだったのになぁ」

 人差し指と親指で米粒くらいのサイズを作って、こんな小さかったのになぁと感慨深そうに口にした茂吉おじさんは倫太郎の親戚にあたる。
 今年は倫太郎の父親が稲作に携われないため袴田家の田んぼの面倒を見てくれていたのは茂吉おじさんだと倫太郎から聞いていた。


「倫は?」

「ほら、あそこだ」

 指差して示した先には確かに倫太郎。いつの間に動かせるようになったのか、コンバインに乗って稲刈りに勤しんでいた。

「来年からアイツが全部やらなきゃいけねぇからな」

 腕を組み誇らしそうに言うおじさんを横目に、逞しいその姿をただただ眺めていたら距離が遠いにも関わらず倫太郎と視線がぶつかった気がして、その拍子に微かに険しい表情になった気がしたのは気のせいだろうか。その顔が今にも文句を言いたそうに見えたからついつい目を逸らした。

「おじさん、ここで倫のこと待ってていい?」

 くるんと翻っておじさんに微笑んだら、まるで秋の妖精みたいじゃねぇか、と高らかに笑った。

「秋の妖精は長靴履いて軍手付けて機械も巧みに操れないと」

「そりゃ田んぼの妖精だな。椛ちゃんも倫の嫁さんになるなら将来はそうなるのかもな」

「……そうだね」

 すると目の前に1羽の鳥がすでに刈り取られた田んぼの真ん中に降りてきた。群れからはぐれたのか、周囲に仲間は見えない。

 この地域では秋から冬にかけて毎年その姿を見せる渡り鳥。決して華美な見た目ではないけれど季節を知らせて巡らせる鳥。


 そうこうしているうちに茂吉おじさんがいつの間にか作業に戻っていき、残った私は田んぼの脇にそのまま腰を降ろしてじっとそれだけを見つめていた。

「お前はいくらでも飛べていいね」

私にそれが出来るだろうか。