そうこうしているうちに夕方の五時を知らせる町内アナウンスが遠くで鳴って、昨日と同じようで違う今日が移ろっていく。変わらないように見えても刻々と。

 豆ちゃん私、そう口から溢れた言葉と共に、私たちの間を駆け抜ける秋の風が香ばしい稲穂の香りを乗せてやってきた。肩を越した糸のような黒髪が波のように視界に入った。

 黄金色に染まった田園は地平線の向こうまで続いていて、秋化粧の山は鮮やかに私たちを見下ろしている。豆ちゃんの坊主頭がなければ夏なんて思い出せやしないくらい、そこにいた季節は足早に過ぎていくだけだ。

「せんぱいなんか言った?」

「ううん」

 首を横に振って言いかけた言葉と一緒に大きく息を吸った。変わらないよ、と言ったってそれは嘘になるから。私はここが結構好きだよ、脈略もないそれを上手く掬いとってくれた豆ちゃんは、おう、ここは良いところだからな!と朗らかに言った。笑顔が綺麗だった。そして流れるようにまた何か思い付いた豆ちゃんは、


「そういえば倫太郎(りんたろう)先輩のあれってほんとか?」


 180度違った方向から切り出してくるもんだから驚いた私の体が固まった、と同時にグラウンドの遥か向こうから監督らしき人物のけたたましい怒号が聞こえて肩を震わせた豆ちゃんは反射で踵を翻した。
 端から見れば練習中に先輩と世間話をする一年生、なんて肝が据わっていることだろう。

「俺戻る!この秋からキャッチャーになったんだ」

「え、すごいじゃない。豆ちゃんずっとやりたがってたもんね」

「でも倫太郎先輩にはまだ言わんで、もっと上手くなってから自分で言う」

 右手をひらひら天高く挙げて練習へ戻っていった豆ちゃん。話すだけ話して木枯らしみたいに駆けていった。来年は彼の土に汚れたユニフォームも白球を追いかける姿も見れないのだと思うと、やたら私が来年の春にここを離れる実感が湧いてきてしまった。



 心残りは一つだけ。

 弟のように可愛がっていた豆ちゃんでもなく
 私がいなくなったら一人ぼっちになる母でもなく
 
 ――――