どんどん大きくなっていく火の玉を見て、緊張で手が震えそう。けれど、その直後にバチバチと音を立てながら散る火花を見て、一瞬にして心を奪われた。

 花火大会の大きな花火も良いけれど、この小さな花火も充分綺麗だ。ていうか、大翔が隣にいてくれたら、私の目に映る景色は全て輝いて見える。

 これから先も、こうして一緒に色んな景色を見れたらいいのに。


「……あ、落ちた」


 私が自分の花火に見入っていた、その矢先。ふいに聞こえてきた声に、弾かれたように顔を上げた。視界に入った大翔は、光を失った線香花火を持ったまま、ぼんやりとしている。


「私の勝ちだ」

「……」


 嬉しさのあまり、思わず空いたほうの手でガッツポーズをすれば、その振動で私の花火も火の玉が落下した。


「…で、俺は何をすればいい?」


 不服そうな大翔は、深い溜息を吐きながらバケツにゴミを入れる。


「大翔」

「…なに」

「本当に何でも叶えてくれるの?」

「…まぁ、俺に出来ることなら」

「だったら…来年もあんたと一緒に花火が見たい」


 言い終えたと同時、目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとした。

 そんな私をきょとんとした顔で見てくる大翔の顔が、どんどん滲んでいく。


「大翔は面倒だと思ってたのかもしれないけど、私は毎年この日を楽しみにしてた」

「…」

「だから、終わりにしようなんて言わないで。せめて大翔に、本当に彼女が出来るまで…」

「奈々、もう一回勝負すんぞ」


 私の言葉を遮った大翔は、袋から新しい線香花火を取り出すと、それを私の手に無理やり握らせる。


「なんでお前が勝つかな」

「それは大翔が弱いからでは…」


 ぽつりと呟いた大翔にすかさずツッコミを入れれば「うるせぇ。次は勝つ」と放った彼は、再びふたつの花火に火をつけた。

 火薬のにおいが鼻先を掠めたと同時、真剣な大翔の顔が視界に入り…ふと思った。

 あれ、さっきの返事聞いてない。


「大翔、さっきの……あっ」


 大翔に声をかけようとした矢先だった。さっきより大きく膨らんだ火の玉は、あっけなくに地面に落っこちた。競ることなく負けが決定したことに唖然としていれば「奈々」と鼓膜を揺らした声に、ゆっくりと視線を上げた。


「俺と付き合って」


 どこか不安げで、でもハッキリと紡がれた言葉。いつになく真剣な表情の彼の、突然の告白に思わず息を呑んだ。


「この関係に甘えて花火を見に行くのはやめよう」


“もうこういうの、終わりにしよう”
その言葉の意味を、今やっと理解した。


「花火だけじゃなくて、これからはお前と一緒に色んな景色を見たい。お前の隣に他の男がいるのとか、冗談でもキツいから…ずっと俺の隣にいてほしい」


 熱を孕んだ瞳が、私を捉えて離さない。驚きのあまり固まる私の頬に、一筋の涙が伝う。

 私の涙を見て、焦りを見せながらも「返事は」と呟く大翔。それがおかしくて吹き出すように笑いながら「いいよ」と頷けば、大翔は「笑うなよバカ」と不貞腐れながらも、私の頬にキスを落とした。


 こんな小さな線香花火の力を借りなきゃ、素直になれない私達だけど。

今年もまた、夏が私達の距離を近付けた。



「君に近づく夏」fin.