元々大翔は口数が多い方じゃない。愛想もいい方ではないし、優しいというよりは意地悪な男。

 でも、こんなにも静かに花火を最後まで見たのは今年が初めてかもしれない。


「…終わりましたね」


 私の言葉に「だな」と小さく返す大翔は、煙が残る空をぼーっと眺めている。もうこの横顔も見られなくなるのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。


「大翔、お疲れ様。今年も綺麗だったね」

「……」

「さて、暑いし中に入ろうかな」

「……」

「…大翔、ありがとうね」


今まで一緒に見てくれて、という意味を込めた言葉。

口にした瞬間、思わず泣きそうになって慌てて踵を返した。


奈々(なな)


 逃げるように部屋に入ろうとすれば、大好きな声に呼び止められて、思わず足を止めた。


「…なに?」

「花火しよ」

「……へ?」

「線香花火、家にあるから。このあとすぐ玄関の前に集合な」

「……」

「返事は」

「…はい」


 半ば強制的に頷かせた大翔は「絶対来いよ」と念を押すと、私より先に部屋の中へ入っていった。






 思考が追い付かないまま大翔とやって来たのは、マンションの目の前にある小さな公園。大翔の手には水を張ったバケツと、線香花火が入っているであろう小さな袋。


「花火なんて久ぶりだね。小学生の時以来かな」

「…うん」


 今日の大翔はいつにもまして口数が少ない。よく見れば眉間に皺が寄っているし、どうしてこのテンションで花火に誘ってきたのかと、思わず怪訝な目を向けた。

 ほんと、掴めない男だ。


「奈々、勝負しよ」

「え?」

「先に終わった方が負けな」


 街灯の下にバケツを置いた大翔は、その場にしゃがみ込むと早速手に持っていた袋の中から線香花火を二本取り出し、その内の一本を私に差し出してくる。それをおずおずと受け取った私は、探るような視線を向けながら口を開いた。


「勝負って…負けたらどうなんの」

「相手の願いをひとつ叶える」

「なにそのアバウトな罰ゲーム。まぁ私が勝つから何でもいいけど」

「いや俺が勝つから」


 昔から負けず嫌いの大翔の口角が、微かに上がった気がした。それを見た私の頬が無意識に緩むのが分かった。

 大翔の笑顔を見ると、未だに心臓が跳ねる。でも、もうこの笑顔も滅多に見られなくなる。


「奈々、もっとこっち」


 ポケットからライターを取り出した大翔は、ふたつ並んだ線香花火の先端に火を近付ける。程なくしてほぼ同時に火がつくと、お互いゆっくりと距離を取った。


「息吹きかけたりしないでね」

「しねーよ。そういうお前こそいつもみたいにアホなこと言って笑かすなよ」

「今さりげなくディスるのやめて」


 こう見えて、私はかなり真剣だ。だって、どうしても大翔に叶えてほしいことがある。

今私が大翔にお願いしたいことは、このひとつだけだ。