「朔さん、まだ夢から覚められたら困る。手放さずに居てくれたそれを、俺も一緒に抱えさせて欲しい」

――夢から目覚める方法を、ずっと探していた。

「春の夢」なんて、遥か昔の時代から儚く散っていくことの典型だといくら言い聞かせても、どうしても忘れられずにいた。


「貴女と、貴女の言葉を絶対に傷つけないと約束します。俺にチャンスをください」

 「はい」と涙に濡れた鼻声でなんとか伝えると、ぼろぼろの私の顔を覗き込む新座さんは嬉しそうに笑う。

「今日、逸見さん怒ってなかった?」

「怒ってました」

「それ俺のせい」

「え?」

「朔さんのこと好きなので、娘さんをいつかくださいって言いました」

「「編集者として結果出してからにしろ」って言われたのでまた長期戦ですけど」と飄々と話す男にくらくらと眩暈がしてきた。真っ赤になった私を可笑しそうに見つめるこの編集者には、やっぱり近づくべきじゃなかった。
――だって胸に抱いてきた夢と同様、簡単にはもう離せそうにない。恥ずかしさ故に、もはや睨みつけるようにして「私も好きです」と小さく溢す。





「あー、「早上がりさせる代わりに今日は絶対に家に朔を帰せ」って逸見さんに言われてるのに抵抗したくなってきた。どうしよ」

「ど、どうしましょうか。私も離れたくないです」

「え、可愛すぎた。もっかい言って」


 一層睨むと、夜風に煽られて桜の花びらが舞う中で微笑む新座さんは、きっと直ぐには冷めそうも無い厄介な熱を私の唇に落とした。





「さめないで、ハルノユメ」fin.