それからしばらくして帰路に着く。
健二とどんな話をしながら帰ったのか、圭人はほぼ記憶にない。
自室に戻り晩御飯に呼ばれるまで、ベッドにうつ伏せになっていた。

圭人は混乱していた。健二が気になる理由がもしかして恋愛感情ではないのか、と。そんなわけないと否定しつつもあの時感じた胸の高鳴りはそれに近い。

昔感じた先輩に対する気持ち。まだ自分が幼くて、憧れだと思っていたけれど、もし初恋だったとしたら。

自分の恋愛対象が男であるかも知れないことに圭人は動揺を隠せない。そして友人にその感情を抱いてしまったことにも。気持ちを整理できない圭人は大きなため息をついた。

そんな出来事から数日後。
「おはよー。なあ、進路のプリント書いた?」
朝、細谷が教室に入ってくるなり、圭人に話しかけてきた。数日前に担任の山岸から渡されたプリント。
それは今後の進路についてのアンケートだ。提出期限が本日で、圭人はまだ書いていなかった。
「俺、まだ書いてねえ。細谷はもう書いた?」
「ああ。もう書いたよ、俺は美容の専門学校」
「前からそういえば言ってたなあ、美容師になるって」
寝癖はひどいのにな、と圭人が言っていると、後ろから元気な健二の声がした。
「おはようさん! 何見とるん?」
「これよ、進路のプリント。健二はどうするの」
細谷がプリントを圭人から奪い取って、健二に見せる。
「大学行くつもりじゃけど……圭人は?」
「進学するつもり。でもさあどこ狙うとか全く考えてない」
頭を掻きながら悩む圭人。
「どうしよっかなー」
「お前こそ頭良いんだからあちこち狙えるだろ」
細谷がそう言うと圭人はまあな、と答えた。
圭人は学年で十位以内の成績だ。大学進学するなら国公立も狙えるぞ、と担任の山岸に言われたことがあった。
(特に行きたい大学もないし‥)
進学の先にある就職。やりたいことが圭人の中でまだないのだ。
やりたいことに向かって進路を決めなければきっと痛い目に遭うだろう。
やりたいことはすでに見つかっている細谷がうらやましく感じ、プリントを見ながら圭人は小さなため息をついた。

「朝からため息ついてんじゃねえよ」
かかか、と健二が笑う。健二はやりたいことはないのだろうか。
きっとこいつのことだから勢いで生きていくんだろうなと圭人は思う。バイタリティあふれる健二もまたうらやましい存在だ。
(健二はどの大学狙うんだろ)
あとで聞いてみよう、と圭人は背伸びをする。

始業前のチャイムが鳴り、それぞれ席に着く。
すると健二がペンで圭人の背中をツンツンとつついてきたので、振り向くと小声で健二が言った。

「さっきの話な、俺は広島の大学受けるかもしれん」
「……は?」
「みんなには内緒な。細谷にも」
「何で今言う……」

「加屋あ、授業始めるぞ」
担任に咎められ慌てて前を向く圭人。それからの授業の内容は、全く頭に入らなかった。

(健二がいなくなる?)
学生生活が終われば、みなバラバラになることは分かっていたし、何も健二だけに限ったことではない。現に細谷とも別れる。なのにどうして健二は離れない(・・・・・)と思っていたのか。

どこの大学にするか、二人で探している姿を考えていた自分が滑稽で圭人は頭を抱えた。
圭人が隣にいない未来を健二はすでに進もうとしている。

圭人は健二が隣にいる未来を思っていたのに。