書店で参考書を買い、帰路についていると目の前にレオを連れた修也が現れた。

「もめごと終わったの?」
修也がそう聞いてきて圭人は頷きながら、隣にいた健二に修也を紹介する。
「健二、うちの弟」
「弟くんか。圭人そっくりじゃ」
「修也です。もしかして広島のひと?」
そう呟いた修也の口を圭人は慌てて手で塞ぐ。
それを聞いて健二はようやくいつものように笑顔を見せた。
「……俺、おまえん家で話題になっとん?」
「う、うるさい」
そうなのだ。あまりに懐いてくる健二のことを家でぶつぶつ話しているうちに、修也は健二のことを覚えていたらしい。人に対して希薄な兄が珍しく気になっているクラスメイトがいるということを。

「兄貴はどんな風に話とるん? 俺のこと」
「……えと、内緒です」
「えー、教えてや」

そんなことを言っていると、レオがフンフンと鼻を鳴らしながら健二に近づき、足元に擦り寄ってきた。
「ひ……!」
レオに気がついたら健二は変な声を上げ、咄嗟に離れる。その様子に、圭人と修也はあぜんとする。それでもレオは健二が気になるのかまた近づこうとするので、修也がリードを引っ張りレオを止めた。
「ごめんなさい。レオ人懐っこくて。もしかして犬苦手なんですか?」
大きく頷く健二。

「昔、デケェ犬に噛まれたことがあって。それから大きさ関係なくダメなんよ」

さっきまで威勢良くチンピラと言い合っていた健二と同一人物と思えないほど、小さな声でつぶやく。
こんなに小さくて可愛い犬が怖いだなんて。圭人はこらえきれずに笑い出してしまう。
「お前、怖いって……レオ、こんなにチビなのに」
「小さくても、無理! あっ、笑うなや」
真っ赤になって健二がむくれるとますます圭人が笑う。
おなかを抱えて笑っている兄の姿に修也もつられて、くすっと笑う。
「うちのレオ、可愛いですよ? 触ってみませんか?」
修也がそう言ってレオを近づけようとすると、健二は大きな声を出して逃げ惑う。
「わざとやっとるじゃろ!」
圭人の後に逃げ込んだ健二だったが、圭人は体をずらしてレオと対面させる。

「いいから触ってみろよ。ふわふわだぞ」
「この性悪兄弟め!」

***

秋も深まり、冬の訪れの冷たい空気を感じられるようになった頃、二人のクラスでは話し合いをしていた。

一ヶ月後にせまる文化祭での出し物を何にするか、意見を出し合い最終的に決まったのは、『模擬喫茶店』。
やる事が決まれば次はどうやって集客するかを話し合う。しばらく経って考えて出した答えがいま、黒板に書かれている。

『女装』した男子生徒を看板娘にする!
あとは誰が女装をするか話し合われていた。相変わらず圭人はどうでもいい、と窓の外を見ていたのだが……

「何で俺が女装しないと行けないんだよ」
ため息をついて頭を抱えた圭人。教壇にはクラス委員の川上が立っていて、こう言った。
「加屋くんのそのイケメン顔を集客に使わない手はないの! イケメンウェイトレスきっと話題になるわ!」
川上の言葉にクラスメイトたちは拍手をした。みんな納得しているようだ。

「それだけじゃ弱いから、もう一人! 青山くん」
突然、健二は呼ばれて驚く。
「え? 俺が女装するん?」
「見たくないわね」
ドッとクラスに笑い声が響いた。なんじゃそりゃ、と健二はふくれっ面になる。
「青山くんはそのままのウェイターね。美人な女装ウェイトレスと男くさいウェイターってよくない?」
きゃあ、と一部の女子が騒ぎ、そのあと拍手が起こる。
どうやら他の男子は自分に火の粉が降りかからなくてほっとしているようだ。
「じゃあ決まりね! 衣装はこっちで準備するから楽しみにしてて」
圭人の反論などお構いなしに、クラスメイトたちは盛り上がっていた。

「……めんどいのぉ。俺、接客なんかしたことない」
「お前はまだいいだろ。俺なんか女装って」
「確かに圭人、美人じゃけ、似合いそう。うっかり惚れたらすまん」
そんな事を言う健二の頭を、圭人はポカッと殴った。