家に帰って結構な時間が経っているというのに、まだ学ランを着たまま。
そして隣にいるのは派手なアロハシャツにジャケットを着ているチンピラのような男。
最近引っ越ししてきたばかりであんな知り合いがいるとは思えない。
しばらく様子を見ていると二人が何か言い合っているような声がしてきた。

「関係ないやつは黙っとけ! 生意気なガキが」
突然始まった喧嘩に、周りの通行人が目を向ける。それから数分、二人の言い合いはどんどんエスカレートしていく。圭人は思わず走り出す。
「おっさんが悪いんじゃろうが!」
「お前良い度胸してんな、この田舎もん」
チンピラが健二の胸ぐらをつかみ、殴りかかろうとしている。負けじと健二も臨戦態勢にかかった。
「やってみいやあ!」
(何やってんだ、馬鹿)
圭人には考えられない出来事だった。こんな人がいる前で喧嘩を始めるだなんて。

そしてチンピラのあげた拳が健二に振り落とされそうになったとき……
「何をしている!」
警察官が二人に近寄ってくる。その姿を見てとっさに逃げ出したのはチンピラの方で、それを警察官が追いかけて行く。

「健二!」

それと同時に圭人が近寄ると、健二は驚いた顔を見せた。
「あ、圭人。今の、見とったん?」
「何してんだよ、お前。あんなやつとやりあうなんて」
「……許せんかったんよ」
「は?」
圭人は思わず変な声を出す。
「あいつ、俺より背が低い中坊くらいの奴に絡んどった。あんなおっさんに絡まれて中坊は震えとったけぇ、俺が声かけたんよ。そう言うの俺、許せんけぇ」
「……」

すると背後から警察官が声をかけてきた。
「事情は聞いたけど、喧嘩はよくないからな。ちょっと詳しく話、聞かせてもらうよ」
健二は口を尖らせながらも項垂れると、警察官に促され移動する。
「兄ちゃん、あの人知り合い?」
後から声がして、振り向くとジャージを着た修也が立っていた。圭人からリードを受け取ると不思議そうな顔をした。
「どうかした?」
「……修也、レオの散歩よろしくな」
そういうと圭人はそのまま、健二を追いかけていった。

正義感は素晴らしいが無茶なことはしないように、と健二は警察官からお灸をすえられた。
「あー、たいぎかった」
解放されてホッとしたのか背伸びをして笑う。そして圭人の方を見て頭を下げた。
「悪かったな、圭人。付き合わせて……」
「目撃者だからな」
圭人が素っ気なく言うと健二は笑う。

いつもの圭人ならきっと素通りしていただろう。
だが健二が一人で警察官について行こうとしたとき
(一人で行くなよ)
そんな思いが圭人の体を動かしたのだ。

家と逆方向の書店に行くのに、なぜか健二もついてくる。いつもならついてくるな、と圭人は口を尖らせるのだが今日は何だか躊躇われた。

しばらく二人は無言で歩いていたが健二が口を開く。いつもより小さな、蚊の鳴くような声で。

「ちょっと言い方悪いかも知れんけど、圭人ってあまりこういうめんどくさそうなこと関わろうとせんじゃん。じゃけ、一緒に来てくれて嬉しかった」

照れくさそうな健二を見て、圭人はフッと笑う。
(何だ、怖かったんじゃないか)
考えなしにチンピラに食ってかかったときは気づかなかったのだろうが、気がついたら人だかりになって、警察官まで来て。
心細くなったところに圭人が来て付き添ってホッとしたのだろう。

「……友達だろ」

クラスメイトだから、大切な友達だから一緒についてやりたかったんだと気づいた時、なんだかむず痒くなって、圭人は健二から目を背ける。