すぐ伊月のじいちゃんのところへ駆けつける――と思いきや、俺たちは五限と六限の授業にきっちり参加した。
「高校生である以上、勉強をおろそかにするわけにはいかないだろう」
伊月がそう言ったからだ。
なので俺も仕方なく教室に戻り、苦行の時を過ごすことになった。……まぁ、半分くらいは寝てたけどさ。
ちなみに、野狐は伊月の術で『あるもの』の中に封じ込めてある。
購買のおばちゃんには「犬の飼い主は俺たちで捜す」と言っておいた。おばちゃんは「そうかい。頼んだよ」と笑って、野狐にやるはずだったロールパンを渡してくれた。
というわけで、伊月の自宅――狸穴神社に足を運んだのは、六限終了後だ。
鳥居をくぐる前、伊月が軽く頭を下げたので、俺も真似をした。境内に入ると、正面に本殿があった。こぢんまりとしていて古いが、荘厳な雰囲気が伝わってくる。
「伊月、ちょっと待て。お参りさせてくれ」
裏手に回ろうとした伊月を止めて、俺は手水舎でサッと手を清めた。それから本殿の前に立ち、五十円玉を賽銭箱に投げ入れる。神社に来たからには、神さまにきっちり挨拶しねーとな!
伊月も俺の隣で同じように手を合わせてから、ポツリと言った。
「この神社ができたのは室町時代の末期なんだ。主祭神は八将神……陰陽道において、各方位の吉凶を司っている八神だよ」
「ああ、知ってる。鳥居の横の看板に、そんなことが書いてあったよな」
高校からほど近いこの神社に、俺は実は何度か来たことがあった。クラスメイトが住んでるなんて思いもしなかったぜ。
お参りを終えると、伊月は俺を社務所の中に案内した。ここの二階が住居になっているらしい。
通されたのは座卓が置いてあるだけの質素な八畳間だ。そこで伊月と二人で座って待っていると、やがて勢いよく襖が開いた。
俺は一瞬、目を瞠った。
部屋に入ってきたのは痩せたじいさん。身に着けているのは、神社に相応しい着物……じゃなくて、ど派手な開襟シャツにダボダボのチノパンだった。肩まで伸ばした白髪を後ろで一つにくくり、サングラスまでかけている。
そのじいさんは、俺を見てパッと表情を輝かせた。
「おお。お前さんが九尾に呪いをかけられた本人か! 名前は、幸太郎だな。伊月から電話で事情は聞いておる。儂は伊月の祖父で、先代の陰陽師の玄以じゃ」
えぇぇー、嘘だろ! この浜辺でDJやってそうなのが、伊月のじいちゃん?!
俺は思ったことをすべて視線に込めて、隣に座る伊月を見つめた。
「ごめん、幸太郎くん。僕の祖父は、こういう人なんだ」
伊月は眉をハの字にしてそう言ったあと、玄以じいちゃんに向き直る。
「お祖父ちゃん。旅行から帰ってきたばかりのところ悪いけど、幸太郎くんにかけられた呪いをどうにかできないかな」
「ふむ。ひとまず状態を確認してみよう。幸いにして、儂はちっとも疲れてないぞ。ハワイのビーチに見立てたスパ・リゾートで、存分に英気を養ってきたからのぅ」
玄以じいちゃんは正座していた俺の前に腰を落とし、身をぐぐっと乗り出してきた。
うわ、顔、近ぇ!
俺は限界まで背中を反らし、先代陰陽師の『圧』に耐える。
数十秒すると玄以じいちゃんはすっと離れ、溜息まじりに口を開いた。
「これは駄目じゃ。儂には歯が立たん。伊月がしたのと同じように、僅かばかりの間抑えることしかできん」