凉樹から「会って伝えたいことがある」と連絡を受けたのは、互いが互いに好きだと伝えあったあの日以来だった。それに対して、俺も「凉樹に伝えたいことがある」と返事をした。すぐに既読がついたものの、返事が来ないままだった。それでも、特にやることがない咲佑は、いつも通りの生活を送っていた。

普段マメな彼から連絡が来ないことに、一抹の不安を抱えていた頃、スマホがメッセージを受信した。相手は会う約束をしている凉樹だった。画面を開くと待ち合わせの日付と時間、そして場所が箇条書きで送られてきていた。そして、そのメッセージの下には、連絡を忘れていたことに対する謝りの文章とスタンプが表示される。俺は「承知しました」という、愛用している敬語スタンプを送り返す。またも既読はすぐに付いた。

 胸を躍らせながら目覚めた九月六日の朝。汗を流す目的で軽くシャワーを浴びて、それから服を選ぶ。いつのまにか外から太陽の光は届かなくなっていた。

待ち合わせ場所へは、家から電車と徒歩で二、三十分ぐらいあれば到着するが、俺は大好きな凉樹への愁いをいだき、結局当初予定していた出発時間よりも一時間も早く家を出てしまった。

目的地のある方向はまだ晴れていそうだった。でも、今俺がいるこの場所は黒い雲が町全体を覆っていく。太陽が隠れていくその姿は、これからの未来に暗雲が垂れ込める、まさにそんな感じだった。

 目的地周辺の駅に着くころには、雨は霧雨どころじゃなくなった。移動している間に振り出した雨。まるで泣き出した子供のように、一気に量が増えていた。駅ナカのコンビニで傘を買うこともできたが、どうせ手荷物になるだけだし、節約するためだと言い聞かせ、購入を諦めた。気持ち的に、というわけでもないが、どう考えても雨を凌げないサイズのハンカチを頭上に乗せ、傘をさして歩く人たちの間を縫うように走った。

すれ違う人は俺のことを不思議そうに見てきたが、とにかく一心不乱に走り続けた。凉樹に早く会いたかったから。

 待ち合わせの場所に到着するころには、すっかり服は雨を吸収して重たくなり、靴の中からはグチョグチョと嫌な音が聞こえる。レストランに入れば濡れずに済むが、この格好で入る勇気はなく、ただ店頭で立って彼が来るのを待つしかなかった。

凉樹に店を変えて欲しいと連絡しようとしたとき、聞き覚えのある足音がこちらへと近づいてきているのを耳が、目が感じ取った。その人は明るめの茶髪にサングラス、茶色の柄シャツにスキニーパンツ、スニーカーという、不良少年のような格好をしている。その人は俺の顔を見ながら手を軽く挙げ、「よっ、咲佑」と言ってきた。俺の目の前に現れたのは不良少年ではなく、変装した凉樹だった。彼もまた全身ずぶ濡れの状態で、雨に濡れた髪は所々跳ね、着ているシャツも色が濃く変化している。

 サングラスを外す凉樹。綺麗な瞳が露になる。

「え、咲佑も濡れてんの」

彼は笑っていた。

「凉樹もかよ」

俺も笑い返す。

「悪いかよ」
「いや悪くはないけど、傘持ってないのかよ」
「今日は丸一日オフだったからさ、家から直で来たんだけど、雨降るなんて思ってなくてさ」
「それ俺もだよ。まさかここまで本降りの雨に打たれるとはな」
「あぁ。俺らやっぱり似たもの同士だな」
「だな。で、どうする? こんな格好じゃこの店・・・」
「大丈夫。ここ俺の兄貴がやってる店だから」

ニヤリと笑う彼。白い歯が眩しい。

「え、凉樹のお兄さんが?」
「そう。店の裏に兄貴ん家もあるし、事情話せば入れてくれると思うから」
「お兄さんって結婚してるんじゃ」
「したよ。一昨年に」
「流石に迷惑じゃ―」
「こんなところに居るほうが迷惑だろ? それにここに突っ立ってるだけじゃ濡れるだけだから、行くぞ」

俺は中に入ることを拒んだが、凉樹に腕を引っ張られる形で入店した。コンクリートの外観から一変、店内は茶色系のレンガで統一された内装と、パスタがモチーフになった絵やポスター、抽象画が数点壁に掛けられているという、煌びやかなイタリアンレストランだった。