社長室を出てすぐのところに立っていた向田さんにも一礼し、到着したエレベーターに乗り込んだ。途中、共演経験のある女性アイドルグループのメンバー数人が乗り合わせてきたが、咲佑の顔を見るなり一斉に下を向き、二階に到着した途端、そのまま降りて行った。

エレベーターを降りた俺は、駐車場に向けて歩いていたが、その途中で運転席で電話をしている和田の姿が目に入った。ボールペンを握りしめ、必死な様子でメモを書いている。今は邪魔をしてはいけないと思い、買うつもりは全くないが、ロビーに設置された自販機のラインナップをただ眺めていた。

「お待たせ」
「お疲れ様です」
「お疲れ。ほい、これ」

結局俺は和田のために自販機で缶コーヒーを買い、それを手渡した。

「あ、ありがとうございます」
「うん」
「どうでした?」
「仕事一件もらえた」
「おめでとうございます!」

女子みたいな手の叩き方をする和田。ボールペンが助手席を転がっていった。

「ありがとな」
「それで、仕事はどんな内容なんですか?」
「同性愛者に焦点を当てた、動画配信番組のゲスト。コメンテーター的な感じ」
「そうなんですね」
「仕事があるだけありがたいよ。一歩ずつ確実にいかないとな」
「そうですね。咲佑くんの力になれるよう、僕も色々アプローチしてみます」
「ありがとな。助かるよ」
「じゃあ、帰りましょうか」
「おう。運転よろしくな」

エンジンがかけられた車。エアコンが轟音を響かせる。

「なぁ、さっき電話してただろ?」
「はい。すいません」
「いや、謝らなくていいよ。で、誰と電話してたの?」
「正木先輩です」
「プライベートの話?」
「いえ。お仕事の」
「そっか」

俺は緊張で凝り固まっていた身体を伸ばすために、後部座席のシートを後ろに倒す。

「あの、咲佑くん」
「どうした?」
「また演技の仕事がしたいっていう気持ち、まだお持ちですか?」
「あぁ。社長と話してなおさら」
「ドラマのオーディション、受けませんか?」
「え?」

エアコンは和田の操作により再び静かになって、車内に冷風を届け始める。

「実は、正木先輩から電話がかかってきたの、咲佑くんに関することだったんです」
「俺に関すること?」
「はい。実は正木先輩の知り合いの監督さんから、来々期制作のドラマの役をオーディションで決めるから、よかったら受けてと言われたみたいなんです。それで、ドラマの内容とどんな役があるかを聞いたうえで、咲佑くんなら受かるかもしれない役があるって教えてくれたんです」
「へぇ。それで、俺が受かるかもしれない役って、どんな役?」
「・・・・・・同性愛者の、役、です」