刺されたところを押さえていたために赤黒い血が滲んでしまったハンカチ。やはり出血は続いていた。手に持つこともできず、とりあえずズボンのポケットに乱雑に入れる。ポケットの裏生地から生ぬるい温度が太腿を伝う。その感触に耐えつつ、胸ポケットに入れておいた釣銭から十円玉を拾いあげ、凉樹の携帯番号を小声で囁きながらボタンを押し、電話をかけた。

 七コール目。彼は俺の気持ちに応えてくれた。電話に出るなり「無事でよかった」と言ってきた。でも俺は何も言わなかった。それなのに、どこで俺だと気づいたのか「咲佑、どうした?」と声のトーンを下げて聞いてくる。自然と胸が締め付けられていき、その感覚に耐えられなくなった俺は、事件に巻き込まれたこと、スマホが壊されたこと、今どこにいるかという最低限だけの情報を伝えた。心配してくれるのはありがたかった。でも何だかその気持ちがむず痒くて、もっと話していたかったのに、小銭が無いことを理由に電話を切った。突発的についた嘘。電話を切った後に、もっと伝えるべきことがあったんじゃないかと後悔した。俺の手によって置かれた受話器はガシャンと音を立てて反動で微かに揺れている。

「助かった」

 凉樹との電話を終えた俺は、刺されたところの上を鞄で押さえて電話ボックスの扉を開け、残り少ない体力と気力で目先にある芝生公園を目指した。腰を折り曲げて歩くその様子はまるでお年寄りみたいで、歩いている人たちは不思議そうに見ながら俺とすれ違っていく。だが、誰も声を掛けてこない。目深に被った帽子のお陰か、顔バレせずに済んでいるようだった。

このマンションに越してきてから暇さえあれば立ち寄っていた公園。自分が芸能人だということを意識することなく寝ころんでいた。それは昼下がりの芝生が心地よくて、堪らなく好きだったから。久しぶりにその感覚を味わいたくて、唯々今は寝ころびたくて。脇腹からはさらに血が滲んできている気がした。