料理を食べ終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。よく磨かれた窓ガラスに映る店内。お客さんはいつの間にか、奏と凉樹の二人だけになっていた。

「奏さんは、このお店いつ知ったんですか?」
「二年前かな。映画の打ち上げで連れてきてもらったのが最初で。あ、このお店は事前に言えば貸し切りにすることもできるんだよ。それからこのお店の虜になってね。いつか石井くんのこと誘うのが夢だったんだ」
「どうしてですか?」
「そこは感じ取ってよ。そーゆーの、女子に聞いちゃダメだよ」
「教えてくださいよ。俺、そういうの読み取れないし、感じ取れないタイプなんで」
「ずるいよ、石井くん」

 奏は甘くも奥に苦みのある声を出す。今の奏なら、世の男性たちを一瞬にして虜にしてしまうような、そんな魔性の女になっていると、凉樹は秘かに思った。

「俺の何がずるいんですか?」
「そうやって、私に何回も尋ねてくるところ。石井くんはさ、今の私が何考えてるか分からないでしょ?」
「はい。分からないです」
「何で私が今日、急に石井くんのこと誘ったか、分からないでしょ?」
「はい。分からないです」
「その答え、教えてあげようか?」

今の俺は完全に奏さんの掌で踊らされ、そして囚虜されつつある。

「お願いします。俺に教えてください」
「私ね、凉樹くんのことがね、ずーっと気になってるの。石井くんに会いたくて今日誘ったの。急だったのはそういう理由」
「えっと・・・、と言うのは・・・?」

俺の瞬きは意図せず早くなる。なのに、奏さんの瞬きは驚くほどゆっくりで、正直今の自分が怖い。

「私、石井くんのことが好きなの。ねぇ、私と付き合ってくれない?」

 真正面に座る奏は、凉樹のことだけをキラキラと光る瞳で捉え続けている。

「奏さん。まずは俺に告白してくれてありがとうございます。先輩から告白されて、とても光栄です」

俺が丁寧な言葉で感謝を伝えると、奏さんは静かに頷く。

「お返事なんですが、今ここでお伝えしてもいいですか?」

今ここで返事を伝えなければ。俺のためにも。咲佑のためにも。

奏さんはゆっくりと瞬きをして、「もちろん」と甘ったるい声で言う。

「喜んで、奏さんとお付き合いさせていただきます」

俺は咲佑を裏切った。今、この瞬間に。