互いの趣味や業界の会話で予想以上に盛り上がり、そんなに長く待った気がしないうちに、店員によってオーダーした料理が運ばれてきた。初めて見るコンフィに、凉樹の目には星が光らせ、胸が高鳴っていく。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりお楽しみください」

真っ白な丸いお皿に乗せられた鴨肉。盛られた野菜の鮮やかな色によって映える焼き色に、見た目から伝わる皮のパリパリ感。俺は思わず生唾を飲み込む。一方の奏さんは目の前に置かれたテリーヌを見て感嘆の声を漏らした。

「奏さんが注文した料理も美味しそうですね」
「そうでしょ」
「あの、この料理名は」
「テリーヌって言うんだけど、これも初めて?」
「はい。あ、でも、テリーヌって名前は聞いたことあります。食べたことはもちろん無いですけど」
「良かったら一口食べる?」

奏さんは小首を傾げ、そしてテリーヌが盛られた皿をこちらに差し出す。

「奏さんが注文したんですから、奏さんが食べてください。俺のこと、ほんと全然気にしなくていいですから」

俺はやんわりと断ることしかできなかった。

「そう? じゃあ全部食べちゃお」
「あ、はい。そうしちゃってください」

戸惑いと動揺が隠せない。心の中で自分のことを嘲笑った。

「いただきます」
「いただきます」

 奏のフォームを見様見真似で、凉樹がフォークとナイフを手に取った瞬間、奏が声を掛ける。

「凉樹くんって、右利きだよね?」
「はい」
「じゃあ、フォークを左手、ナイフは右手ね」

そう指摘されて、視線を手元に移すと、フォークとナイフを左右逆に持つ両手が写った。どこまでも無知な自分が恥ずかしい。

「すいません」
「緊張してるんでしょ? もっとリラックスしていいのよ」
「はい」
「それからね、持ち方なんだけど―」

それからナプキンの正しい使い方とか、肉料理の食べ方を、奏さんは無知な俺に懇切丁寧に教えてくれた。そのときの柔らかな表情は、始めて見る一面だった。

「私が教えてあげられることはこれぐらいかな」
「ありがとうございます。勉強になりました」
「じゃあ、最後に教えてあげる」
「何ですか?」
「私が最初、石井くんに料理一口食べる? って聞いたでしょ?」
「はい」
「あれね、もし食べるって言ったら、石井くんをここから追い出すつもりだった」
「・・・え」

あまりの衝撃的な一言に、俺は言葉を失った。

「断って正解なのよ。料理のシェアや交換はマナー違反だからね」
「そう、だったんですか・・・。ってことは、俺を試したってことですか?」
「うん。私にお似合いかどうかのね」

淡いピンク色のチークが塗られた頬が緩む。俺は視線を逸らすために、料理に目を移す。盛られたレタスが若干しんなりとしている気がした。

「あ、ごめんごめん。しゃべり過ぎちゃったね。料理食べましょ」
「あ、はい。食べましょう」

 凉樹は奏が料理を一口食べるのを待ってから、教えてもらったように、鴨肉を繊維に沿ってナイフで小さく切り、フォークを使って口に運ぶ。見られているという緊張から手は少しだけ震えていた。が、口に入れた瞬間にカリっとした皮の食感の直後に、ほろほろとしたお肉本来の柔らかさ、そして旨味が口いっぱいに広がっていく。その美味しさに思わず陶酔してしまう。

「初めてのコンフィのお味はどう?」
「凄いです。鴨肉独特の匂いとかあるかと思ってたんですけど、それが全く無くて、しかも、お肉だけじゃなくてハーブの香りも程よくしますし。ソースとお肉の相性も良くて、ついつい食べる手が止まらないですね。とにかく美味しすぎます。最初に出会ったコンフィがこれって、俺幸せ者ですね」
「食リポできてるじゃない」
「え」
「自然な感じでいいんじゃない?」
「あれでいいんですか?」
「うん。最低限は伝わるよ。あとは、見た目のこととかを伝えてあげるといいかもね」
「なるほど・・・。ん? あの、奏さん。もしかしてまた俺のこと試しました?」
「試した? 何のこと?」

奏さんはナイフで一口大に切りながら、聞き返してきた。上品に、美しく。

「いや、恍けないでくださいよ。初めて食べる料理を食べさせて、俺がどんな食リポするか見たかったんじゃないですか?」
「石井くん、流石だね。そっか、バレちゃったかぁ」
「バレるもなにも・・・。でも、ありがとうございます」
「何が?」
「奏さんにアドバイスもらえたから、俺、これから食リポ頑張れそうです」
「そう? なら良かった」

 目の前で笑う奏を見て、凉樹の心は熱くなった。